しずる師!【ドラマ・コミック企画】
【企画概要】
しずる師のおな~り~!!!
ドンドンドンドン!(太鼓の音)
あふれる肉汁、
キンキンに冷えたグラスに注がれる黄金色のビール、
一杯のどんぶりから立ち上る湯気、
世界の果てまで伸びるかのようなチーズ。
広告を通して見る料理に、ごくりと喉を鳴らした経験はないだろうか。
しずる師。
それは広告業界において、食材の魅力を最大限伝わるよう試行錯誤し、
視る者に刺激と食欲をもたらす、シズル感を演出する職人。
そんなしずる師を中心に巻き起こる新感覚の
お仕事×グルメもの開幕!
【主な登場人物】
○野々山 柚葉(22)
新人しずる師。広告業界への就職希望をしていたが、全滅。
絶望しかけていたところを、五嶋の会社に採用され、一人前のしずる師を目指して4月からアシスタントとして働き始めた。
細かいところに気がつくタイプであり、撮影現場でも他のひとが見えていないところに目が向くことで、五嶋から実は期待されている。
当初は、憧れの広告業界に近い仕事ができるということもあってシズルの仕事を始めたが、五嶋と仕事していく中でその奥深さに触れて、だんだんとのめりこんでいく。一方で、寡黙で何を考えているかわからない上に、謎の言動をする五嶋に振り回される。
・五嶋 行道(45)
普段は寡黙で職人気質なベテランしずる師。
その腕は確かなもので評判はいい。しかし、落ち込んだり諦めようとする人間を見ると変なスイッチが入ってしまう癖があり、熱血テニス講師のごとく、食材に例えながら熱い応援をかます。また、人とははあまり積極的に喋るタイプではないが、食材に対しては饒舌になり、褒め散らかす。「今から、美味しそうにしてやるからな~」など、食材に話しかけている様子が現場で度々見かけられる。
【第1話 プロット】
都内のスタジオ。撮影部や照明部などが機材の準備をしている中で、柚葉も撮影に使う道具など準備に取り掛かっていた。
カメラマンの辻本とは何度か撮影で一緒になるうちに顔を覚えてもらえたようで、今では軽い雑談を交わせるくらいの間柄だ。
辻本「仕事には慣れてきたか?野々山ちゃん」
柚葉「いえ、まだまだ分からないことだらけで」
辻本「ま、そりゃそうか。4月に働き出して、まだ2カ月ちょっとってところだもんな。わからないことは、どんどん五嶋さんに聞くといいよ」
柚葉「そうですね。まあ、仕事以上に五嶋さんが謎だったりするんですけど……」
辻本「それもそうだな」
柚葉はと辻本は、スタジオの隅の長机で作業に没頭している五嶋に視線を向ける。
五嶋は撮影で使う鉄板をこれでもかというくらいに磨いている。
辻本「相変わらず気合入ってんね。あんなに磨いたら、鉄板すり減ってなくなっちゃうんじゃないの」
柚葉「あはは……」
辻本「野々山ちゃんって、どういう経緯で五嶋さんとこに入ったんだっけ?しずる専門の会社なんて、珍しいでしょ」
柚葉「もともと広告業界に興味があって、就活をしていたんですけど……」
柚葉は、就活をしていた学生時代のことを思い出して、少し胸が重くなる気がした。
100万円をあげるから就活をもう一度しろと言われても、きっと断るだろうというくらいに当時の柚葉は苦戦していた。
志望していた広告業界を中心に100社ほどエントリーシートを出して、何10社と面接も受けたが、最終まで残ったのはたったの一社。最後に残ったその一社も、手ごたえがあったにも関わらず、届いたのは何度となく目にしたお祈りメールだった。もう受ける企業もないと絶望しかけていたろころ、新規で出た求人に目が留まった。
『求む!しずる師!』
柚葉「しずる師……?」
聞き慣れたない言葉に頭をひねりながらも調べてみると、どうやら広告業界の撮影で、食べ物や飲み物を美味しそうにみせる演出をしているのだとわかった。当初目指していた仕事とは違うけれど、広告業界に関われそうだし、受けてみよう、そんな思いで履歴書を送るとすぐに面接をすることになった。
そして、面接の日。
柚葉が会社を訪ねると、むすっとした表情の五嶋が迎え入れた。撮影に使うのであろう小道具などが溢れている社内。奥の応接セットのソファに座るよう促すと、五嶋は奥の給湯室へと消えていく。
五嶋は、運んできたお茶の入ったグラスを柚葉の前に置いて、向いに座る。
柚葉「ありがとうございます」
五嶋「代表の五嶋だ」
いきなり代表に面接されることに少しばかり面を食らう柚葉。
柚葉「野々山柚葉です。本日はよろしくお願いします」
そう言って履歴書を渡す。
五嶋「柚に葉っぱで、柚葉か。シズル感溢れる良い名前だ」
柚葉「え?」
そのあと、最低限の質疑応答を済ませ、面接は10分ほどで終わってしまった。そして、その日のうちに採用の通知がきて、今働いているというわけだ。就職先が見つからず路頭に迷うところだったところを、拾ってもらったことには感謝しているけれど……。
(回想あけて、都内のスタジオ)
柚葉「なんで私のことを採っていたくれたのか、未だにわかりません。きっと、人手がすごく足りなかったんでしょうね」
事実、今のところ五嶋の会社には、代表の五嶋とアシスタントの柚葉の他には、フリーランスとして必要なときに手を貸してくれるスタッフしかいない。
辻本「いや、五嶋さんのことだからちゃんと理由があると思うよ。だって、ほら、こだわりの男だし」
柚葉「どうですかね~」
当の五嶋は、今度はレモンに艶を出そうと布で念入りに磨いている。
五嶋「ふっ……いいぞ、艶がでてきてより美しくなった。黄色はひとを明るい気持ちにするからな。その輝きをもっと引き出してやるから、安心しろ」
人に対しては寡黙な五嶋だが、食材に対しては饒舌で、こうやって話しかけている様子を何度も目にしている。
辻本「そういえば、野々山ちゃんって“五嶋節”は見たことある?」
柚葉「“五嶋節”?なんですか、それ?」
辻本「あー、まだか。業界じゃちょっと有名でさ。そのうち拝むことになると思うよ」
柚葉「?」
なんとなく含みのある言い方が気になり、もう少し詳しく聞こうかと思うと、APの声が響いた。
AP「加賀美麗子さん、楽屋入られました~」
加賀美麗子は、今回のCMに出演する有名女優だ。
今日の撮影は、全国にチェーン店を持つステーキレストランのCM用映像。“箸で食べる絶品和牛”を宣伝文句に、和風テイストを持ち味にしたステーキを売りにしている。そのため、和の雰囲気が似合い、品のある女優として加賀美麗子が抜擢されたらしい。バラエティ番組やCMにはめったに出ないという麗子がオファーを受けてくれたことで、スタッフもいつも以上に気が張り詰めているように見える。
そして、撮影が始まった。
麗子がメイクや着替えの準備をしている間、ステーキ単体を撮影していく。まずは、肉を焼いている素材の撮影だ。フライパンは撮影をしやすいように、片側の縁が切り取られている特殊なものを使う。
テストとして、カメラが周り出す。
お肉がジュージューと美味しそうな音を立てると、五嶋はその音に身体が反応したのか一歩前へと足を踏み出す。
五嶋「いいぞ、いい音だ。だが、お前ならもっといい音が出せるはずだ……。そうだ、いいぞ、いいぞ」
柚葉「……五嶋さん、ちょっと」
小声で声をかけるが、耳に届いてない五嶋は、どんどんと前へ出て行ってしまう。
辻本「五嶋さん、見切れてる!」
五嶋「あ、申し訳ない……」
五嶋は、頭を下げながら、柚葉の隣に戻ってきた。
仕事に熱心なのはいいけど、周りが見えなくなるところがあるんだよなぁ……と柚葉は上司の失態に頭を抱える。
そんなこともありながら撮影は進み、麗子に入ってもらうことになった。
AP「加賀美麗子さん、入られます!」
APさんの掛け声とともに、スタッフが「よろしくお願いします」と各所で声をあげる。一方の麗子は頭を下げるだけで、カメラ前の椅子に座ると、マネージャーを顎で呼びつけ羽織っていたカーディガンを投げるように渡す。
そして、いざ撮影が始まっても、なぜか麗子は箸を取り落としてしまい、その度に機嫌が悪くなり、何度もリテイクを重ねることになった。
セッティングの準備のため待っている間、麗子はぱたぱたと仰ぐしぐさをした。少し部屋の中の気温が上がっていることもあり、柚葉はお茶を出そうと考える。普通なら紙コップに入れて持っていくものを、柚葉は持参したガラス素材のグラスに氷を入れて、丁寧にカモミールティーを淹れた。麗子のところへ運ぶと、わざわざコースターの上にグラスを乗せる。
柚葉「失礼します。よかったら……」
麗子は黙ったままグラスをしばらく見たあと、手に取って一口飲み……そのまま、飲み干してしまった。
グラスを下げるとき、ふと、柚葉は麗子の右手の人差指が気になった。そこには、指たこができていた。もしかしたら、指が痛いのでは……と思い至る柚葉。
そして、数日前、五嶋が会社のテレビで観ていた何年も前のバラエティー番組を思い出す。麗子の手元に違和感を覚えたのだ。箸を持つ手はどこか不器用で、お世辞にも綺麗な箸の持ち方とは言えなかった。
グラスを下げると、こっそり撮影済みの映像チェックをしているモニターを覗きにいく柚葉。今日の箸の持ち方は、以前の持ち方とは違い、正しい持ち方になっている。麗子は箸の持ち方を練習し過ぎたせいで、指にたこができ、その痛みからうまく撮影ができないのでは……そんなふうに考えた柚葉は、自分の仕事の範疇を超えていると思いながらも、ディレクターに相談してみることに。それを聞いたディレクターは次のカットでは、少し角度を変えれば手元が映らないため、指にテーピングをして撮影をすることを提案すしてみると話す。
しかし、ディレクターに指のことを指摘された麗子はそれを断る。撮影が再開されるが、やはり麗子は指の痛みからかうまく演技もできず、NGを出してしまう。やがて、麗子は箸を置いて、これ以上続けても上手くできる気がしないと諦めた様子でため息を漏らす。
麗子「ごめんなさい。さっき指摘された通り、指が痛くて箸を持つこともうまくできないの。昔、バラエティ番組に出たとき、箸の持ち方が悪い、食べ方が恰好悪いってさんざん視聴者から言われたことがあってね」
すると、マネージャーが飛び出してきて、頭を下げる。
マネージャー「すみません、僕がいけないんです! 麗子さんから箸を使う仕事は入れないようにって言われていたのに。今回オファーを受けたとき、よく調べもせずに、ステーキだから箸ではないだろうと思って、間違えて受けてしまったんです……!」
麗子「この歳で恥ずかしいから、いつか直さなくちゃって思ってはいたんだけど、なかなか直らなくて。だからと言って、またあんな恥をかくのは嫌。おかげで、受けられる仕事はずいぶん限られたわ。テレビへの露出が減って、仕事を選んでるんだろうなんて、世間の人はいいように言ってくれてるけど、結局は自分の恥を晒すのが怖かっただけ。情けないわ」
麗子の思わぬ打ち明け話に、しんと静まり返る一同。
と、その時、五嶋が息を吸いこむ音がした。そして……
五嶋「諦めるなよ!どうして、そこで諦めるんだよ!箸を持て!」
五嶋の大きな声がスタジオ内に響き渡る。
麗子「……!」
柚葉「い、五嶋さん?」
五嶋「あんたなぁ、このステーキがどうしてこんなに旨そうなのかわかるか?全部、出しきってるからだよ!その内側に閉じ込めておいた己の旨味を余すところなく振り絞ってるからだよ!」
麗子「は?」
辻本「始まったぞ、“五嶋節”」
柚葉「……!あれが……」
五嶋「あんたはどうだ!このヒレ肉にように、ジュ―ジュ―、ジュ―ジュー、音を上げて出しきってるのか!?もうこれで全部だってくらいに出しきってるのか!?いいや、まだ出来るはずだ!いい歳して恥ずかしい?恥をかくのが怖い?そんなのは関係ないんだよ!あんたが出しきれれば、それでいいんだよ!いいか、ヒレ肉も人間も出しきっているときが一番美味しそうなんだよ!あんたは今日からヒレ肉だ!!」
麗子「…………」
ぽかんとする一同。しかし、麗子には何か響いたようで。
麗子「……監督さん、次のカット、テーピングさせてもらってもいいかしら?」
ディレクター「……は、はい!」
麗子「その代わり、演技は120%でやり切るわ」
そのあと、麗子は吹っ切れたように演技に集中した。美味しそうにステーキを頬張る姿は、今までの麗子では見れなかった表情で、当初のイメージとは少し違ったけれど、クライアントのステーキレストランもこっちの方が断然良いとなり、撮影は無事に終わった。
ディレクター「今のカットOKです!以上となります!お疲れ様でした!」
麗子、ふっと息を吐き、傍にいた柚葉に声をかける。
麗子「ねえ、あなた」
柚葉「はい」
麗子「お茶を出すとき、いつもああやってグラスを使っているの?」
柚葉「そうですね。普通は紙コップで出すものらしいんですけど、グラスに入っているお茶の方が美味しそうに見えるので」
麗子「そう。私もそう思うわ」
席を立ち、スタジオの出入り口へ向かう麗子。ふと、五嶋の方を振り返る。麗子「説教なんてされたの中学生以来だけど、おかげで目が覚めたわ。ありがとう」
五嶋「ヒレ肉ってね、運動が少ないからこそ、柔らかくて、希少な部位なんですよ。一緒ですね」
五嶋が名言かのように言い放つが、その言葉の真意を誰ひとりわからず、みんなそれぞれに頭をひねる。
麗子「え?」
柚葉「は?」
ディレクター「へ?」
AP「ん?」
照明スタッフ「すー(息を吸う音)」
辻本「うううん?」
微妙な空気がスタジオを流れる中、五嶋だけが満足気だった。
撮影の片付けも終わり、スタジオの外。
柚葉、辻本、ディレクターの3人がいる。
ディレクター「あの、最後の五嶋さんの言葉、どういう意味だったんですかね?」
辻本「よーく考えて、かみ砕いてみたんだけど。たぶん、『露出は少ないけど、陰で努力している加賀美麗子は希少価値の高い女優だ』って、そんなふうに言いたかったんじゃないかなぁ」
柚葉・ディレクター「あ~~~~~ああ?」
納得できたような、やっぱり納得いかないような、そんな気の抜けた相槌をうつ柚葉たち。
後日。柚葉が会社で完成した麗子のCMを観ていると、フリーランスのスタッフである比嘉景子が顔をだす。
景子「聞いたよ~、この前の撮影のこと」
柚葉「あー、箸のことですか。余計なことしちゃったって、反省してます」
景子「え? 五嶋さん褒めてたけど。『箸のことに、気づけたのはさすが』だって」
柚葉「え?」
景子「あの人、ああ見えて、柚葉ちゃんのこと気に入ってるんだって。だって、面接のときのこと嬉しそうに話してたもん」
柚葉が面接のため会社を訪ねたあの日……。
五嶋「ああ、よかったら、お茶飲んで」
柚葉は目の前のお茶に目を向ける。繊細な彫が入ったグラス、形のいい氷がカモミールティーの中で泳いでいる。グラスの下には、シンプルだけど素材にこだわっているコースター。
柚葉「見た目から美味しそうですね」
五嶋「ん?」
柚葉「あ、いえ。飲み物って何に入っているかで、美味しさが変わりますよね。いただきます」
グラスを手に取り、カモミールティーで喉を潤す。
柚葉「やっぱり美味しいです」
五嶋「……」
景子「それを聞いて、こいつはしずる師になるべきだ!って思ったんだって」
柚葉「そんなことで!? というか、しずる師になるべきって、そんな期待されても逆に困ります!」
景子「でも、他にもいろいろ言ってたよ。履歴書は今時の若い者にしては珍しく手書きで字が綺麗とか。椅子を引きずらないようにきちんと持ち上げてしまったとか……そういう細かいところもよかったんだって」
柚葉「……そうなんですが。知りませんでした」
景子「そう、だから頑張ってよ。一人前のしずる師になれるように」
景子はビールの缶をテーブルにどんっと置く。
景子「これ、今度撮影する予定のビールの試供品。ビールのシズル感を出すときのコツ、みっちり教えるから!まずは、その美味しさを知ること!」
柚葉「つまり、飲んでみろってことですか?っていうか、景子さんが飲みたいだけでは?」
景子「あ、ばれた?」
柚葉、冷蔵庫から冷えたグラスを2つ取り出して、ビールを注ぎ始める。
景子「では、問題。ビールを美味しくするコツは?」
柚葉「液体と泡の黄金比率、7:3にすることです!」
景子「ぶーっ、正解は仕事で力を出し切ること!」
ふたりは並々注がれたビールグラスをぶつけて乾杯すると、ごくごくと飲む。上手そうに嘆息して。(〆)