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鳶は旋りて 【掌編小説】

しかしながら、戦場を走り抜ける兵士たちを横切る弾幕の嵐は土くれにあたり、塹壕の手前で堰き止められ鈍い音をさせながら、あるいは金属の甲高い音の所為で負傷者の疵口に障る。血が垂れると自分の肌から滴っていく感覚が分かる。やがてぽたぽたと地面に落ちてったとき、すでに溜まりができていて水面にふれると正確無比な王冠状を模型して、幾らか王冠の先が自分に還りたがっている。疵口は熱をもち、まるで炎が燃えているみたいだ。次第と今度は耳が遠くなり、自分が幽体離脱したような感覚になる。輪郭は纏わりを失い始める。どこの戦場にも油断する奴、サボり魔、小便垂れるのも色々あるだろうが、砂嵐はそうした諸々を攪拌して地上に不快感を醸させる。不快感はアドレナリンを活性化させて戦場をヒートアップさせる。そのようなことから何も分からずに頭をヒョイと出しては弾丸が命中するのである。空中では鳥を撃ち、海上ではクジラを狩って。いずれにせよ地上戦と異なるのは、大きな爆発の後、機体はしばらく辷っていき、金属の体躯は散り散りになる。落下における重力は異なるにせよ。そうだ、われわれはさっきから艦体を狙って撃っていたのだ。それも敵の巨大な船である。あれはクジラだ。いつぞや人類に仇なしたメルヴィルの白鯨だ。さっき負傷していった仲間も、医療班が深刻な顔していたのも知っている。あの怪物にやられたんだ。前の戦争で同胞がやられたときもそうだった。巨大な怪物だ。それがいま怪物は倒れ、解体されてく。船は爆発のあった箇所から割れて、艫と舳先がゆっくりと吊り上げられている。ちょうど傾斜づいてスロープになったところを船肌に沿って隊員が落ちていった。海面に幾らか飛沫が立ち、破片と隊員とで王冠を模した。クジラはもうとっくに倒れていた。なぜなら機体維持にとって肝心のところの破壊だったから。内腑の破壊だった。次の瞬間には、海中にある兵士の殲滅の為、様々に銃撃が展開された。海面に銃弾が当たるたびにパチュンパチュンと音を立てて、今度は敵兵の血は冷たく水の中に滲んでいくばかりだった。銃弾の方はというと、角度づいて水面に当たった所為でいびつな飛沫を上げていた。船艦は間も無く二度目の爆発によって無慈悲にも沈んでいった。われわれは作戦通り勝った。たとえばどこの戦場にも阿呆はいる。塹壕から身を乗り出せば、射線に入るというのに何も分からずに体が動いてしまって、そいつはあえなく射殺された。わたしも油断していた。戦闘の士気が上がって来なければ、体は冷たくなるばかりである。傍らにもそうした冷気が及んできて、なんていうところに来てしまったんだという感を拭うことがむつかしかった。近くに小便垂れた者さえあった。土嚢はまだ銃弾を遮ってくれているが、この粗相までもは許せないという感じで、だんだんと腹が立ってきた。あるときどうしても腹の虫が治まらずにそいつを殴り飛ばしてしまった。するとみるみると情けなくなり、やがて心地悪くなったのか前線に飛び出していった。結局のところそいつは射ち殺された。射ち殺されたが、やがて水溜まりが蒸発して硝煙らしい匂いをさせた頃、如何にも土臭さと鉄分とによってそれらしい香りをさせていたので、思わずして士気が上がった。しばらくして銃撃戦の最中、われわれと敵兵との間に巨大な旋風が起こった。われわれの銃弾は旋風を界に半廻転して次々に同僚を撃ち止めた。目睹するかぎり敵兵の状況もそのような感じだった。しばしば一廻転、一廻転半、二廻転ということが繰り返されて、旋風が大きくなるに従って兵隊は死んだ。やがて旋風は廻転力を失い徐々に消熄していった。そのときわたしは向こうの兵隊を殺したらしかった。その晩わたしは不思議に思って、ある結論に達した。ドッグファイトが熾烈極めて、つまり戦闘機が入り乱れ廻転していたので、コリオリ力が働いて偏差射撃されたのだと。わたしは旋回するトンビを撃ったのだ。俺だってトンビだというのに!

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