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ひだまりの丘 5
「それじゃ、有紀子はもう育休明けて働いてるんだ。」
「うん、まぁでもパートにしたよ。常勤の枠いつまでも占領してたら、若い子入ってこないし。」
「えっ、もったいなくない?有紀子なら師長も狙えたんじゃないの?師長なら日勤オンリーで働けたじゃない。」
有紀子は同じ大学病院の違う病棟で看護主任をしていた。
私の働いていた大学病院では、看護主任の次の出世コースは看護師長で、主任までは夜勤をするが、師長になれば基本的に日勤のみの勤務になる。
「まぁね。うちの病院は新卒か、パートの古参ばっかりで中間がいないもんね。うちら常勤の中間層は役職は取りやすかったけどさ。この歳でまさかの妊娠だもん。親はそろそろ介護が必要だから、頼りようもなかったしさ。産休、育休に溜まった有給消化しちゃったら、戻る居場所ないよー?大学病院は人の流れ早いしさ。新人は大量に入れ替わってるし。復帰したってむこうからしたら誰、この人?だよね」
有紀子は、違う病棟でパート勤務として復帰したらしい。
「本当はさ、違う民間病院で看護師復帰しようかと思ったんだよね。ま、産休まで取ってるから、今は同じ所に勤めてるけど。大学病院って、研修医の仕事だから点滴とかの技術磨けないでしょ?役職つくと余計に現場で動く機会減るし。民間病院だとバンバン注射とかもやるじゃん?あぁいうの、ずっとやってないと感覚忘れるじゃん。あと、30代で師長とか、あたし無理だもん。もうちょっと現場で働きたい。」
目をキラキラさせて話す有紀子が眩しい。
「有紀子はすごいなぁ。私なんか家庭も子供もないのに、パートだよ。照子先生に甘えてる。」
「紫は、今は休んでいいと思うよ。あれは…カンペキ、バーンアウトってやつだよ。頑張ったよ、充分。」
有紀子が優しく言ってくれる。
有紀子は大学病院時代、一番の理解者だった。
私と後輩とのあの事件の事も知っている。
当時の師長は、主任の私に病棟内の人間関係の調整を丸投げだった。
有紀子は険しい顔をした私をみて、ふっと表情を和らげてみせた。
「そっかぁ。照子先生懐かしいなぁ。照子先生はゆかりんのことずっと気にかけてたんだよ。」
照子先生が、夫とともにクリニックを立ち上げるから、戸田さんこない?と誘ってくれたときにそれはなんとなくわかっていた。
その気遣いをありがたく思ったし、ただ気遣いではなく、私の仕事ぶりをかってくれたからこそ言ってくれたのだと思いたい。
「だけど、私全然照子先生に恩返しできないな。パートだとどうしても患者さんにしっかり関われないし、病棟みたいなやりがいがないの」
「大学病院に戻りたい?」
「わかんない。だけど、前の職場の夢はよく見る」
疲れることが少なくなって、眠りも浅くなった。それと同時に夢も見る。
「夢占いだとねー、それは現状に満足してないんだって。戻るより新しい所で居場所作った方がいいよ」
私は夢占いはよく知らないが、有紀子は占い好きでよく引き合いに出してくる。
私は占いの言葉より、大学病院に戻っておいでという言葉をどこかで期待していた。
「それに、キャパオーバーして休みたくて辞めたんじゃないの?」
「そうだけど…。有紀子は容赦ないなぁ」
私の寂しい気持ちを察したのか、有紀子は話し始めた。
「ゆかりんとまた、一緒に働けたら嬉しいなとは思うよ。でも、私もいつまでここで働くかはわからないし。病棟の人間関係とか問題点とかは残念ながらあんまり変わらないよ。橘師長も変わらないよ?今は里奈が主任になったよ。里奈は気が強いから言いたいことは言うけど、それでもはたから見たらキャパオーバーになってる感じがする。上が変わらないとなかなか変わらないもんだよ。」
私が主任をしていた時は、上司の要求にイエスマンにも革命派にもなれず、ただ一人でなんとか業務を回そうと空回りしていたと思う。