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【ショートショート】トマトジュースに映る、ヴァンパイアの美学。
日差しが穏やかな午後、カフェのテラス席で彼女は静かに座っていた。
長い赤い髪が光を反射して輝き、その鮮やかさは周囲の景色さえ霞ませるようだ。
カジュアルで今時の服装が自然体の魅力を引き立てているが、その存在感には明らかに普通ではない何かがあった。
彼女の名はリサ。
ヴァンパイアだが、昼間でも自由に動き回れる珍しい体質を持つ。
グラスに注がれた濃い赤色のトマトジュースを指先でくるくると回しながら、ふとこちらを見つめた。
瞳は薄い緑に染まり、明るい昼間でもなお、吸い込まれるような輝きを放っている。
「これ、本物の血じゃないから安心してね。」
彼女は柔らかい声で笑いながら言う。
その言葉に思わず戸惑うと、リサはいたずらっぽく肩をすくめた。
「でもそう見えるでしょ?ヴァンパイアの飲み物って言ったら、それっぽいイメージがあるじゃん。」
グラスを持ち上げる彼女の仕草はどこか洗練されていて無意識に目が釘付けになる。
赤い液体が陽光を受けて美しく光り、彼女の赤い髪と溶け合うように映えている。
「人間の食べ物にもだいぶ慣れたけど、トマトジュースだけは特別。たぶん、血と似てるからかな?飲むと落ち着くんだよね。」
冗談のような言葉だが、どこか本音が混じっている気がする。
彼女の柔らかな笑顔と、ふと垣間見えるヴァンパイアとしての本能。
そのアンバランスさが彼女の魅力を際立たせていた。
「ヴァンパイアなのに昼間にこうして出歩いてるのって不思議?」
リサが問いかける。
確かに、陽の下のヴァンパイアは伝承とはかけ離れた存在だ。
でも彼女の口ぶりはそんな「普通のヴァンパイア像」へのちょっとした反抗にも思えた。
「昼も夜も楽しめたほうが得でしょ?私は時代に合わせて進化したヴァンパイアなんだから。」
彼女は小さく笑ってトマトジュースを飲み干す。その赤い液体が彼女の唇と完璧にマッチして思わず見惚れてしまう。
その後、グラスをテーブルに置き軽やかに立ち上がった。
赤い髪が午後の光の中で揺れ、まるで風そのもののように優雅な足取りで歩き出す。
そして最後に振り返りざま、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「またどこかで会えるといいわね。昼間の私も、結構いいでしょ?」
その一言を残し、彼女は去っていった。
残されたのは赤いグラスと胸の奥にじんわりと広がる彼女の余韻。
昼間に出会ったヴァンパイアとのひとときが何とも言えない非日常の彩りを心に刻んだ。