本気の遊びの撮影会をしたい
「撮影が好きだった」と思い出した。
前回のnoteで「なりたかった職業を思い出した」なんて言っていたけど、やはりあれはただの憧れで、なりたいではないなと思い直していたところ、タイミングよくフォロワーさん(さくさん@asanoiroha)に写真撮影して貰えたことで撮影の楽しさを思い出し、居ても立っても居られなくなった。そうか、私は撮影をしたかったんだ…!Twitterでわーわーぶつぶつ壁打ちしていたのをフォロワーさんはご覧になっていたかも知れない。そんな経緯で職業に『撮影』を入れるしかないと目覚め、撮影について深堀りしている。
ガールズさんが撮影されたお写真に異常に反応してるな、という自覚はあった。さくさんの撮影されたお写真はもちろんのこと、スタジオで撮って貰ったお写真を見ると、細胞が沸き立った。自分でコントロール出来ない部分が活性化するのだ。皆さんも好きなアーティストのライブなどで血湧き肉躍る体験をしたことがあると思う。その感覚だ。
それに比べると自撮りのお写真には凪いていた。「素敵だなあ」とは思っているが、細胞が騒がない。この違いはなんだろう?と思いつつ、さくさんに撮影して頂く予定が立った頃、少しはカメラ感覚を思い出しておこうとスマホの三脚で自撮りを試みた。が、やはり自分でやってみても全く楽しくなく、太った体を見て肉を摘むなどしていた。
さくさんとの撮影は楽しかった。さくさんはモデルの私に圧を与えず、緊張させず、リラックスしたありのままの空気を写し出してくれた。
そうだ、撮影好きだった!と思い出しながら、「でも、撮影ってこんな感じだったっけ?」満たされながらも撮影時の感覚を思い出せず、もどかしさも感じていた。
銀座の有名な古いレトロビルにも行き、そこの雰囲気とさくさんの相性がとても良かったので、ちょっと撮らせて!なんて言って数枚スナップ写真を撮り、とても楽しい時間を過ごした。しかし、帰宅してから沸々と湧き上がって来たのは悔しさだった。
あのビルとさくさんの相性はとても良かったのに、私は何故適当なスナップ写真で済ませたのだろう。スマホだし、粘ったところでいい写真は撮れないかも知れないと思うと待たせるのが申し訳なくて、早々に諦めてしまったのだ。スマホでだって、いい構図も雰囲気のある写真も撮れないなりに撮れたはずだ。さくさんは関西に住んでいて、私は関東だ。中々会える機会もない。撮れるチャンスは中々ないのに無下にしてしまったのが、悔しくて悔しくて堪らなかった。
撮影して貰い、撮影会のモードに入っていた中で自らも撮影したことで、私は満たされながらも何かへ渇望し、悔しがっていた。
何故こんなに悔しいのか、何が足りなかったのかと深堀りしていたら、撮影中のカメラマンとモデルの一騎打ちの緊張感を求めていたのだと分かった。
だから、自撮りには興味がなかったのだ。だから、緊張せずリラックスした状態で撮られることに違和感があったのだ。だから、撮る側になったときに「私がいい写真を撮るぞ」という緊張感のない撮影をしたことが悔しいのだ。
カメラマンとモデル双方で、まだ見えてない物を目指したい。何処まで高められるか、ギリギリまで粘って粘って粘って撮る。あるいは、丸一日費やしたのに、ついには撮れなくて、データを一緒に見返しながら、「この角度は良かったよね」「この表情いいね」「どうしたら撮れたかな」と、撮れなかった悔しさを分かち合いながら反省会をする。そんな撮影がしたい。仕事だったら効率悪くて干されるような、本気の遊びの撮影会。
まだ見えていない、目指す先とは何だ?私は何を目指して撮りたいんだ?と自問自答すると、答えはすぐに出て来た。『コンセプトの人』だ。
コンセプトの人だったらしてそうな仕草、姿勢、癖、表情、それらを撮りたい。モデルから引き出したいし、モデルにも考えて欲しい。そして提案して欲しい。撮影中にもたくさん話し合いたい。
これらはコンセプトの人の服装が揃ってなくても出来る。コンセプトの人が本来着てるのは全身エルメスだけど、持ってる服はユニクロとしまむらしかないって?大丈夫。洋服がユニクロとしまむらしかない世界に転生した設定で撮ればいい。転生したって姿勢や仕草はそう変わらないはずだ。コンセプトの人ならどんな動きをするのか一緒に考えよう。あなたのコンセプトの人は座るときにはどうしてる?足は開く?揃える?斜め掛けする?それとも、そもそも座らない? カップを持つときの手はどう?指先まで美しく揃えてハンドルを持つ?それとも豪快に胴を掴む? 広い公園にいるとしたら、何処にいる?広場の真ん中で知らない人も交えて遊んでる?それとも日陰でお喋りを楽しんでる? 本を読むときはどう?片手に文庫本で手元には紅茶?それとも分厚い学術書を机に置いて抱え込むように読んでるのか…。
コンセプトの人の解像度を一緒に高めていく作業をしたい。「こういう人ってどうしてるかな?」とたくさんディスカッションして撮りたい。指先から足の向きまで、全身で演技した一瞬を切り取りたい。こうかな、ああかな、ってたくさん話しながら撮影をしたい。撮りたいし、撮られたい。
本当なら、今ここで「私と本気の遊びの撮影会してくれる人募集します!」と言いたいところだけど、私はまだまだ気力も体力も万全ではないので、募集は出来ない。かなりエネルギーを要する遊びなので誘うのも及び腰になるけれど、もし私が「撮影会しませんか?」と声を掛けたら、このnoteを思い出してくれたら嬉しい。
noteを書きながら、ふと足元に目をやると足が内股になっていた。私の「なりたい人」は少なくとも内股ではないな…と足を外に向けた。結局私のコンセプトの人の職業は決まってないし、こんなに理想を書いているが、私には技術もコミュ力も気力も体力も何もなければ、ついでにカメラまでない。けれど、あきや神が全てを授けてくれるのなら、私のやりたいことは撮影会だ。
書いていると、どんどん夢が拡がっていく。
最終的な野望はガールズさん全員でファッションショー動画を撮りたい。全員、といったら全員だ。あきやさんが開拓してくれた広い大地で大声で募集を掛け、各々がそれぞれのコンセプトの人らしい動きを思考して歩いていく、色とりどりのランウェイを撮るのだ。もちろん、撮影の後は打ち上げに繰り出して、飲み交わしながら無編集の撮りたてを皆で観たい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?