親と同居するのも悪くない。頼れるところには頼っとけ。
かなりいい歳をしているが、私は親と同居している。
トド夫がやってくるときは、別宅にいくのだが(買った別の家がある)平日は基本親と住んでいる。
こういうのを、子供部屋おばさんだの、なんだのと言うらしいが、言いたいやつには言わせておけばいい。
私は周りにどう言われようが、トド夫がやってくるまではこの状態でいいと思っている。
私は独り暮らし歴が長く、15歳から35歳くらいまではひとりでいたので、身の回りのこと全般は、とりあえずできる。
なにより今は安月給だ。私はとてもケチなので、親と同居していたほうがメリットが大きい。なにせ家賃がかからない。光熱費も安く済む。食費は親に支払っているが、あとはネット代を支払うくらいで、生活費が3万くらいで済んでしまうのだ。世の中はなんといっても金が大事だ。なにはなくても先立つものが必要なのだ。
親にしても、固定費(固定資産税など)は、私がいようといまいとあまり変化はない。食費を入れている分、少しプラスぐらい。
実家をでなくてはいけないという、西洋の風習なのかなんなのかしらないが、そこまでこだわるべきものだろうか。
自立心を養うだとかなんだとか言うが、自立心なんて、仕事をしたり子供を持ったりすれば、自然と養われていく。
家事の全くできないひとは、ひとり暮らしをする意味があるかもしれない。できないことを強制的にできるようになる、というのは悪くはないが、果たして、効率的なのかどうかはわからない。
家事はできない(やりたくない)が仕事ができるひとと、仕事はできない(やりたくない)が家事ができるひとが一緒に家族というグループを作ればいいだけのように思う。
家族とはそもそも何なのか、というところにまで言及すると、話が大きくなりすぎるけれども、つまりは、自分の自己実現を行うため、その生活をするための助け合いグループなのだ、と思う。
得意なこと、好きなこと、をやれる社会になのだから、不得意なことや、できないことは、誰かに頼ればいいのではないか。
親を頼っていいと私は思う。
頼った分だけ、自分の得意な分野で親を助ければいい。
スマホを教えてあげたり、旅に出たらお土産を買ってきたり。
パートナーもまたしかり。
家族は一番小さな人間関係のサークルである。
毒親もいないわけではないが、そういうひとは、他でサークルをつくればいい。頼れる場所を作っておくと、とても気が楽になる。
何が言いたいかと言うと。
頼れるとこには頼っとけ、ということだ。
「楽に生きよう」ということだ。
堅苦しく、こうでなければならないというような考えは捨てよう。
すべき苦労はほかに沢山ある。仕事をやったり、上司になったり部下になったり、子育てしたり、家事をやったり。
今、使えるものは全部使えばいい。メリットとデメリットを考え、自分の人生にとっていい方を選べばいい。
その選択肢のひとつとして同居があるだけだ。
私はアジア的な家族観(家父長制には反対だが)は悪いとは思わない。
家が我慢できずに出たいと思ったら出ればいいし、戻りたかったら戻ればいいのだ。(昔は全く逆の考え方をしていた私に言ってやりたい)
親側も、そういう構えでいて欲しいと切に思う。
嫁に出したって実家に帰ってきてもいい。もらった嫁が実家に帰ったっていい。なんだって大したことはない。
大事なのは、タフになって生き抜くことだ。
ただでなくとも生きるのは大変なのに、よけいなことに力を使う必要はない。集中すべきことはたくさんある。
take it easyなのだ何事も。