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一体これは誰目線の話? Netflix「今際の国のアリス」シーズン2までの考察

サクッと観てしまいました!
Netflixドラマ「今際の国のアリス」

原作、前情報共に何も入れずに2023年はアターーック!をモットーにすべく、臨みました🔥

感想、ネタバレ、考察と以下続きますので、
ご了承くださいませ。
また、勝手なダメ出し&考察&次回作?の展開と、ジョーカーの正体もルンルンで筆の進む方位を気にせずに書いておりますので、あくまでも個人的な見解と解釈として、以下お納め下さい!

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そもそも誰視点の話?3つの説

  1. 主人公アリスの話。

  2. 主人公アリスの母親の話。

  3. ある子供の話。

1.主人公アリスの話。

大筋、アリス視点だとは思います。
近年主人公問題がありますが(あります?笑)その作品の主人公だからと言って終始主人公目線、主人公思考ってのも、なんだか味気ない多様性のない気がするので、この説はあまり認めたくないところではありますが、、

アリスは、ことあるごとに
「この世界はなんなんだ?!それを知りたい!そして元の世界に戻るんだ!」
と叫びます。

観ているこっちも、とにかく理由が知りたいのです!ひっぱって、ひっぱって、、デスゲームが終われば何かしら分かるから、デスゲームが終わるまで途中で観るのをやめずに観てね♡
と言われ続けて、観る側は想像力をフル活動させるわけです。

そして最終話、渋谷付近に隕石が実は落ちて、そこに居た人々は生死の境を行ったり来たりしていた。
行ったり来たりしていた人達が今際の国で、げぇむをしていた。
現実では、げぇむに勝った人々は生き、、げぇむに負けた者は死んだ。

というオチですが、
フムフム。。だからアグニやニラギは現実で死ななかったから、げぇむでも超不老不死な訳ですね!!!

シーズン2の大目玉だった山Pとの対決。
山Pことキューマに、アリスは敵なのにすごく傾倒して、
とにかくお近づきになりたいと懇願します。

別の形で会えてたら友達になれてたとおもう!

ってアリスが言うのも、きっとキューマと同じ匂いを感じていたのかもしれませんねぇ。
って、、現実で人気バンドのボーカルとニートがどうやって出会って仲良しになるんだよ。。汗
この発言で、この話はアリスのものでどうにでも操作できるってことがなんとなく分かりました。
アリスとウサギが手を繋ぐのを躊躇しているのに、おやおや、、とすぐ気付き、愛に素直なあたりも、アリス以上に仲間を信じきっているあたりも、
きっとキューマはアリスの思考回路も含め理想的男性像そのものなのでしょうね!

こんな人になりたい。
こんな人と恋人になりたい。
こんな人と友達になりたい。
自分の弱さを反映させた人。
自分の卑怯さを反映させた人。
自分の臆病さを反映させた人。

今際の国はアリスの思考を反映させているとも捉えることはできるのかなぁと思いました。

アリス視点の話なら、辻褄の合うところが当然のように多いこのドラマ。
しかし、
どうも上手くいかないところ多々です。。

  • 村上虹郎演じるチシヤ中心のげぇむエピソードがある違和感。
    現実ではアリスとチシヤは接点はないし、わざわざチシヤの話が出てくることに疑問。(チシヤの青髭としゃがれた声と飄々とするキャラクターは👍)
    アリスの母親が、臓器移植が遅れて亡くなったという話であればチシヤの話は必要になるが、そういう訳でもない。

  • 最終話、アリスがウサギと現実で自販機の前で出会い、
    何処かで会ったことありませんか?
    と言うシーンの違和感。
    これがまかり通るのであれば、
    げぇむで出会った人とも今後アリスは出会い続け、仲良くなるということになるが、アリスの人生が渋谷付近にたまたま居た人達のみで構成されるのは妙な話。
    もし仮に、その設定が続くのであれば、制作側が伝えたいアリスに託した「未来への希望」はご近所レベルという皮肉になってしまう。。そんなスケールのことを言いたいような気もしない。。よって現実でアリスとウサギが出会い、なんだか良い感じ!になるという見え過ぎたエンディングの設定には非常に無理がある。。涙

  • 今際の国での【永住権獲得】=?
    地獄の門番的なことでしょうか、それとも死でしょうか。
    クリアしたのに死ぬのも変ですよね。伏線風でしたし、わざわざその選択を迫ることに違和感。
    悪人も生死の境を行き来して、現実に復帰するんだよ。という話で終わらせておいたほうがよかったのでは?(余計なお世話)

  • 恐らく、アリスは母親が亡くなってから塞ぎ込んでしまった模様。
    アリス視点の話なら、もっと母親の事を思い出すはずだし、生死の境を彷徨っているのなら狂ったように懐古厨になるはずなのに、思い出の一つもない。。
    アリスにとっての家族像のあまりにも設定ユルユル加減に、そんなアリスはウサギちゃんを心から愛せるのかい、、(余計なお世話2)


2.主人公アリスの母親の話

脚本家、倉光泰子の緩やかな傾向の1つとして、
現代社会の女性的視点とカーテンから刺す自然光のような生についてが挙げられるかと思います。
とすると、実はアリスの母親のアリスを愛するあまりのアリスへの生き方、考え方や息子の理想を半ば力技的に天国から反映させた話だったという説。
この説だと、アリスの母親があまり出てこない事も、自分のことはさて置いて的なことでとっても泣けるし、人々にとって母親とは尊く、ときには疎ましく、そして深いということが言えるかもしれません。
朝比奈彩演じるクイナの母親への愛と並行させて見せても面白かったかもしれません。。



3.ある子供の話。

最終話、このげぇむは子供の考える範疇の内容だ。と説明がありました。
たしかに、
わざとらしく平仮名表記している点も、げぇむの内容も鬼ごっこ等でした。
途中、子供がげぇむに参加していましたけど、彼はげぇむ中隠れることもしないのに敵に全く相手にされてない様子。。
子供が王だとしても、何かしら子供というのを利用する手も考えそうですが、全く触れず。。

仮に彼の夢の話ということも考えられそうですね!
でも、最終話、家族と仲良く庭で話してました。両親いるんじゃん!!!
勝手に両親がなくなったのかも、と言っていたウサギとノゾミ。
そういうとこが偽善者の始まりですよウサギちゃん!!!



今際の国のアリスの違和感リスト

デスゲームに違和感って付きものですよね。。無ければ無いほど楽しめる(無い序盤は楽しいのはお決まり)。
サラリと観て感じた違和感リストです。

  • 若者中心の世界。渋谷の被害にあった人々と言えど、、もっと老若男女いるでしょうよ。
    日本人ばかりなのも、ンン〜。。

  • 化粧が崩れない!
    アンが途中、口紅を指したシーンのみでした。
    あのシーンはアンの自分らしく最後まで生きるという意思表明でわかりやすくセクシーでよかったですが、みなさん眉毛とマスカラはガンギマリ。
    すぐ取れちゃうのでは?笑(それをいっちゃーおしまいよ)とは思うけれど、せめて化粧についてのほんわかエピソードが所々に欲しかった。。

  • アグニの顔面が悪役にしては終始怖くない。

  • ウサギのタンクトップの豊富さ。

  • ラスボスが晩年引きこもりなのに、一瞬にして剣豪。

  • 子供と一緒に居た女性ノゾミの謎。
    サラリとある子供の視点説を唱えた際に、出しましたノゾミという女性。
    彼女を登場させる必要あるでしょうか?笑
    子供を放って置けなかったいう理由だけで、最終げぇむ辺りまで子連れで来ているなんて、なんてポテンシャルと身体的能力高いんだ!!!!!華奢なのに。
    そして、最終話病院でアリスと廊下ですれ違うのです。錚々たる面子を差し置いて、なぜノゾミが最後映る必要があったのでしょうか、、
    名前のノゾミってのも何かありそうな、、、ゴクリ。。。

    シーズン3ではノゾミが未来に望みのないげぇむでジョーカーとしてアリスに臨む。
    なんちゃって、、(勝手に考察)
    てか、そもそも、ノゾミって誰だよ、、って方。以下の女優さんです。
    思い出しました?


最後に、お楽しみポイント

土屋太鳳さんの肉体美と山Pの肉体美を存分に拝めます!

個人的に好きなエピソードは、
ラスボスの過去引きこもりだった時の、
view0の誰も観ていないblogを淡々と書き続けるシーン。
取り憑かれてるように汗だくで偉人について語り、
小さな隙間から光が入ってくるのが、人生の徒労感と共に対比していて、泣けます。。涙

柳俊太郎さんが好きな俳優さんということもあるのですが、
この文章も誰も見ていないのかもと思うと、
他人事ではありません。

こういった共犯関係が結ばれはじめると、
グッとリアリティーが増して、痺れます。

以上、勝手に考察&感想でした。


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ここまで読んで下さったアナタ。。
ありがとうございます。


今夜、夢に潜ってラスボスのblogもどうぞ見てやってください。

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