最高の喜び 36 最後の旅行
母の入院も、10ヶ月を過ぎ、頭への放射線治療も、一時期功をそうして、動かなくなっていた手も、お箸を持てるようになった。
その時期を待って、先生にお願いしてたGOサインを頂き、車椅子での、一泊旅行へ。
晴天の中、出かけた。
一年生の康輔こうすけと、双子の駿しゅんと、環かんを、旦那のげんちゃんに預け、あたしを含む三姉妹と、母との、多分最後の旅行だった。
出かけたその夜、やはり母の具合が悪くなり、急いで、明け方病院に戻った。
肺炎を起こしていた。
そして、その次の日の早朝4時頃、母は息を引き取った。
この旅行が、死期を早めたのは間違いなく、でも、一緒に、旅行したいと言う母の願いだった。
母と本当に仲の良かった息子康輔は、母の病室に、早朝げんちゃんが、連れてきた。
病室に、入って来るなり、
絞り出すような叫び声で、康輔は
ばあちゃん!!!こんなんになったら嫌やったぁ!!!!!
と、泣き崩れた。
げんちゃんに抱き抱えられて
康輔、康輔、側に行って、ばあちゃんの顔みてあげ…。
あたしの記憶は、そこまでしかない。
あと、どうしたのか、なにをどうしたのか?
覚えていない。
そこから思い出せるのは、葬儀の為、一足先に家に辿り着いても、何もできずに、台所で、泣きもせず、ボーッと壁にもたれて、座ってたことだけ。
その時、双子はどうしてたのか?
どこに居てる?
いつか来るだろうこの日を、恐れてた。
でも、これは、現実となった。
アホみたいに、あたしは、母さん不死身やと思ってたのになぁ…と、ボンヤリと呟いてた。
母の希望で、新年は、新築の家で、迎えようと、出来るだけ早く建てている家を探し、契約を進めていた。
高い買い物なのに、ほぼ、色んなところを見る事もなく、ただ早く入れる家。無謀やなー。
契約して、やっとローンも組めたとこやった。
間に合わなかった。
表札は、母の名前も書いた。
母さんの家やで!!母さんの。
葬式も終わり、次にすぐ、引っ越しの用意に取り掛かり、泣いてる場合じゃない。
これが、あたしには助かったかもしれないな。
でも、まだ、49日まで祭壇を組んであったので、夜中に、トイレに目覚めて、2階から降りて行ったら、その部屋に、母が居た。
祭壇に供えてるお茶を飲んでる後ろ姿の母が居た。
ぜんぜん怖くない。
あっ、母さん!!
と、思ったら、消えてた。
あれは幻やったのか、会いたいと思う気持ちが、そうさせたのか?
わからんけど。
新しい家に移って、あちこち掃除して、ふと、後ろを振り返る。母さんが笑いながら見てる気がした。
なっ!綺麗に掃除やってまっせ!
綺麗好きな母やったから、喜んでる気がした。
ここに一緒におるんやろうなーー!
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