鍵のない部屋(27歳貧乏絵描きの住処)その1
僕の部屋は、基本、鍵をかけない。
盗られて困るようなモノがないからだ。
いつの間にか、同じアパートに住む子供たちが勝手に出入りするようになった。
彼らは、僕のいない時でも、僕の部屋に集って遊んでいる。
ここを秘密基地にしているようだ。
オカズを持ってきてくれる子もいる。
「兄ちゃん、もっと食べないと栄養失調になるよ」
「これ、お母さんが、お兄ちゃんに持ってけって」
冷蔵庫には、買った覚えのない物が多く入っていた。
その多くは、自分たちで食べるお菓子だったが。
しかし、深夜のバイトで日中寝ている時は、睡眠を妨げるようなことはしない。
ドアを細く開け、僕が寝ているかどうかを確かめる。
そして、僕の部屋の前に集まり遊び始める。
ある時、小さな男の子が言った。
「お兄ちゃん、いいこと教えてあげようか。うちのお父さんとお母さん、夜中にレスリングしているんだよ」
「へえ。プロレスが好きなのか?」
「うん、いつもお母さんが勝つんだよ。でもお父さんの上に乗ってるのに、苦しそうな声を出しているんだよ」
「・・・・それって・・・・」
「二人とも何で裸でプロレスしているんだろう?」
「・・・・・」
「いつも土曜の夜はプロレスするから、僕は頑張って起きているんだけど、いつの間にか寝ちゃうの。昨日も起きていられなかった」
小さい子を持つお父さんとお母さん、子供は知っていますよ・・・・。
そのアパートの住人の情報は、大体把握していた。子供たちのお陰で。
どこの部屋の親がいつセックスするのか、大体は知っていた・・・。
仲良し情報も喧嘩情報も耳に入る。
「僕のお父さん、浮気したんだって。お母さんが怒ってたよ。浮気ってな~に?」とか・・・・。
時には、階下のお母さんの怒鳴り声が聞こえたりする。
「もう、うっとおしい! お兄ちゃんの部屋にでも行って遊んでおいで!」
おいおい・・・・。
ある時、きちっとした身なりの女性が僕の部屋を訪れた。
「あの・・・白石さんですか? えっと、私、こういうものですが」
名刺には、保険のセールスレディと書かれてあった。
「ああ、僕は保険は・・・」
「ああ、はい、分かってます。でも、どうしてもこの子たちが・・・」
女性の背後には数人の子供の姿が。
「なに? なんだよ?」
「お兄ちゃん、たまには女の人と話した方がいいよ。このお姉ちゃん、綺麗でしょう!?」
「え!? あ、ああ、そうだね・・・すいません」
「ああ、いえ・・・こちらこそ・・・」
綺麗と言われて、まんざらでもないセールスレディ。
「さあ、お姉ちゃん、入りなよ。遠慮しなくていいから」
女性は子供たちに押されて部屋に入ってきた。
二人はテーブルの前に座らされ、子供たちがコーヒーも淹れて出してくれた。
「ほら、お兄ちゃん、何か喋んなよ」
「お前ら・・・」
僕は笑った。
お姉さんも笑った。
こんなお見合いを三度ほどさせられた・・・・。
ある時、一人の女の子が僕の布団に入ってきた。
「なに? 誰? なんだ、こらこら・・・まあ、いいか」
「お姉ちゃんだけずるいよ・・・・僕も」
姉の反対側に潜り込む幼稚園の弟。
女の子は小学5年生ぐらい・・・親が見ると驚くだろうな・・・と思いつつ、寝てしまった。
言っとくけど、ロリコンじゃないよ。
僕は、子供たちがここの来る一番の理由を知っている。
怒られないからだ。
自分家にいると、何をしてても怒られてばかり。
僕は、それをよく知っている。
だから僕の部屋では、何をしても怒らないと決めていた。
ジュースやお茶を畳の上にこぼそうと、描きかけの画に落書きされようと・・・(TДT)
ある時、皆でお昼を食べようとご飯を炊いた。
それを幼稚園の子供が畳の上にぶちまけてしまった。
僕は笑ったが、他の子どもたちが怒りだした。
「お兄ちゃんの部屋では怒るの禁止」
「でも・・・」
僕は、畳の上で山になっている炊き立てのご飯にフリカケをかけた。
そして、うつ伏せに寝転がってご飯の山に箸を付けた。
「お兄ちゃん!」
「汚いよ!」
「ばい菌はさ、ある程度身体に入れといた方がいいんだよ。身体の役に立ってくれる細菌もいるんだから」
そう言って、僕はご飯を食べだした。
「ああ、やっぱり炊き立てのご飯は美味しいなあ」
うふふふ・・・
あははは・・・・
さざ波のような笑いが広がった。
驚いた眼で見ていた子供たちも、恐る恐る箸を持って食べだした。
「こんな行儀の悪い食べ方をしたことは、絶対に親に言うんじゃないぞ。お兄ちゃんが怒られるからな」
「分かってるよ。ふふふ・・・」
「お兄ちゃん、フリカケもうないよ」
「じゃあ、猫マンマにするか」
鰹節を振りかけ、醤油を軽くたらす。
「うわあ、美味しい! こんな美味しいの初めて食べたよ」
「だろ、これは猫に食べさせるご飯なんだけどな」
うふふふ・・・あははは・・・・
子供たちも、一生忘れ得ない楽しい昼ごはんになったと思う。
常識をぶち壊せ!
僕は子供たちの心に、真実の種を撒いておきたかったのさ。
それが芸術家としての僕の課題だもの。
その種が芽を出すか出さないかは、そいつの課題でしょ。
追記:
この数年後、僕は大好きなジョージ秋山の「浮浪雲」で、主人公が、息子が畳の上にこぼしたご飯を味噌をつけて寝っ転がって食べる、と言うシーンを観た・・・・・。
感動した。・゚・(ノД`)・゚・。 本当に嬉しかった。
憧れの浮浪雲と同じ発想、行為をした自分が嬉しくて涙が出た。
それだけなんだけどね。僕の勲章の一つなんだ。