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感謝。
昨日、職場のエアコンが壊れていて、暖をとらずに働いていたら風邪を引いてしまった。
鼻水、喉痛、咳、微熱・・・軽い初期症状が出ていた。
帰り路、ぼーっとする頭で運転し、車検上がりの車をとりに行った。
齢22歳の真っ白なマークⅡに乗り込み店を出ようとしたその時、無灯火で飛び出してきた原付に接触した。
バイクは少しふらついただけで道端に停止した。
車を下げ、慌てて降りて行くと、バイクに乗っていた人が車に近づき、フロント辺りを覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
僕の頭に浮かんだのは、人生が終わった、とか、終了、と言う文字ではなかった。
この人の家族、友人たちに申し訳ない、この人を大切に思っている方たちにすまないことをした・・・そんなことばかり浮かんだ。
僕の不注意で、一人の人間の人生を奪ってしまう・・・想像するだけで恐ろしかった。
しかしその人は、僕の言葉にも耳を貸さず、しきりに車のフロントを気にしていた。
僕も一緒に覗き込んだ。
ナンバープレートの横のバンパーが10センチほど黒く傷ついていた。
「すいません。こんなにしてしまって」
僕は驚いた。自分の命が危なかったというのに、車のことなんて・・・。
「こんなのどうでもいいですよ。それより、あなたは大丈夫なんですか?」
「はい?! ええ、大丈夫ですよ。バイクが擦っただけですから。それより、ほらこんなに・・・」
メットを脱いだその人は、優しい目をした女性だった。30代だろうか。
「良かった・・・」
「えっ?!」
車の傷を覗き込んでいた彼女は、驚いたように顔を上げた。
「無事でいてくれてありがとう」
「えっ!?」
「あなたの反射神経と強い運に感謝します」
心から出た言葉だった。
「僕の不注意であなたを跳ねる所だった。本当に良かった」
「私は・・・ごめんなさい。飛び出して・・・」
「いいえ。僕が悪いんです。バイクも弁償します」
「いえ、バイクはどうもなっていませんから」
その時、僕にやっと笑顔が戻り、女性の笑顔を誘った。
笑うととてもチャーミングで、こんな出遭いでなければもっと話していたいような人だった。
「あの、それじゃあ、本当にもういいんですか? これで終わりにしてもいいんですか?」
どうやら車を傷つけられた男に、後から難癖をつけられるのを恐れているようだった。
「はい。あなたさえ良ければこれで終わりです。僕はあなたが無事でいてくれただけで有難いです。ありがとうございました」
「では行きます。本当にごめんなさい。お気をつけて」
「はい。あなたも」
彼女は白いバイクにまたがり、黄昏の町に消えていった。
車に戻り、ハンドルを握った時、僕は初めて自分の置かれた立場の危うさに身震いした。
もし彼女が死んでいたら・・・怪我でもしていたら・・・多くの人を悲しませることになっていただろう。
僕は、彼女が去っていた薄暗い国道を見つめながら、もう一度感謝した。
無事でいてくれてありがとう。