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落陽  エロはない。僕が生きようとした理由。

車窓から入る夕陽がまぶしくて涙がにじんだ。
緑の大地を切り裂き、どこまでも続く道を僕は夕陽を追って走っていた。

理由は・・・・ない。

時速80キロで走ると、一時間で丁度80キロの位置に着いている。
当たり前だが、驚いた。

車は友人が廃車にするところを引き取った、ポンコツのバン。
車には僕の全てが載っていた。

飯盒、カセットコンロ、塩、友人にもらった米、スケッチブックと数枚の油絵、画材道具。
そして数枚の服、それだけだ。

キャッシュは5万円を切っていたと思う。
最後に油絵を買ってもらった金だ。

行く当ても帰る所もない。
真の孤独が僕の周りを包み込んでいた。


ある日、僕は親族会議に呼ばれた。
「トシカズ、私が貸したお金を返してよ」
「いつまで放って置く気だ。俺にもそろそろ返せ!」
「トシカズちゃん、私のお金はいいから、皆には返してあげて」

「は!?!」
それが僕の答えだった。
身に覚えが一つもない。借金など、したことがない。
金融公庫のも合わせて、一億円ぐらい・・・僕の借金だそうだ。

先週も、親父が僕のカードを勝手に作って50万円借りて返さなかったらしい。
カードを返却するようにとローン会社から電話があった。
これで僕も立派にブラックリスト入りだ。

知らないと言っても、誰も信じてはくれない。
親父が前もって根回しをして、僕を見事な悪人に仕立て上げたらしい。

僕は言った。
「じゃあ、聞きますが、その借金を僕は何に使ったというのですか?」
それは・・・テレビを買ったり、ビリヤードをしたりして使ったそうだ・・・・。
一億円でビリヤード・・・指がグローブみたいになるわ!
もう笑うしかなかった。

テレビは確かに買った。5万円だった。
ビリヤードは、会員になっていたので、フリータイムで500円だった。
毎日通ってもひと月一万五千円・・・。
それで一億円をどうやって・・・・。

確かに僕はビリヤードにのめり込んでいた。
毎日、仕事が終わるとビリヤード場に行き、玉を衝いた。

何も考えずに済むからだった。
その間だけ、入院している親父の借金のことを考えなくて済むからだった。


借金地獄の中でおふくろは死んだ。

この世で最も悲しいことは、おふくろの死だ。

葬式の時、借金取りが来た。
次の日、香典を集めてそのまま組事務所に行き(ヤバイ所で借りていた)、僕は組長に叩きつけた。
「もうこれ以上はない! 後は好きにしろ!」
おふくろの死が汚された様な気がして、僕は自棄になっていた。

結局、反対に憐れまれて借金をチャラにしてくれ、無事解放された。
本当は死にに来たつもりだった。

その帰り道、僕は人混みの歩道で大の字に寝た。
何も怖くなかった。
何も感じなかった。

道行く人が僕を避けて行く。
指差して笑う者、怒る者、しかめっ面をする者。

呼吸をね・・・するのが辛かったんだ。
心臓を動かし続けているのが辛かったんだ。



親族会議の結果、僕は家を追い出されることになった。
今すぐ! それが親族の総意だった。

気が付けば、僕は深夜の国道を走っていた。
そこがどこだか分からない。
知る必要もない。

国道からわき道に入り、山の中に入った。
川で水を汲み、飯盒でご飯を炊いた。

オカズは塩だ。
生きて行くのに最低限必要な物だけを摂取していた。

無性に甘いものが欲しい時は、砂糖を一つまみ取り、舌の上に載せた。
たまに油が滅茶苦茶欲しくなって、我慢できずに安いシーチキンの缶詰を買い、油をゴクゴクと飲んだ。
安売りしていたオイルサーディンの油もごくごく飲んだ。

早朝、久し振りに身体を洗おうと川に入った。
何しろ髪も髭も伸び放題、そんな男が裸で川に入っていたら?!?
悲鳴が起こったw


そんな生活をひと月過ごし、気が付いたら北海道を渡っていた。

真っ青な空と海がまぶしかったから。

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切符を買うのに苦労した。
舌が言葉を忘れたのだ。

先ずは一人になって、発声練習をした。
それから本番・・・やはり僕の言葉を理解するのが難しいようだった。

北海道は広くて気持ち良くて怖かった。
所々に「熊に注意」と書いてあるし。
僕の生息するところと、熊の生息するところが重なっていたから。

なので川に降りるときは命がけだった。
北海道の川は、本当に野生の川だったから。

川に入れない時は、公衆便所で水をもらい、そこでご飯を炊いた。
本土から来たライダーたちが僕に親切にしてくれた。


川に入って身体を洗えないので、湯盗人になった。
屈斜路湖の湖畔の露天風呂に、こっそり深夜に入ったのだ。

すると暗闇の中、数人の男たちがいた。
ぼそぼそと話して仲良くなって、缶詰をもらったりした。

僕の画を買ってくれるというので、そのオジサンのワンボックスに乗ってビールをご馳走になった。

「兄ちゃん、男前やな」
無精髭に髪は伸び放題・・・男前とは言い難い。
「目が綺麗やな。純粋な目をしてる」
「ありがとうございます」
「その寂しげな目が何とも言えん。何かあったんか?」
「いや、別に・・・・」
と、オジサンが急に圧し掛かってきた。

「兄ちゃん! たまらんわ! ほんまにええ男や!」
そう言って、僕の唇を奪った。

一瞬、抵抗しようとしたが、もうどでもいいや・・・そう思って力を抜いた。

「どうしてん?! なあ、兄ちゃん。そんな悲しい目、せんといてえや。萎えるわ」
オジサンはそう言って諦めたようだ。
好きにすればよかったのに・・・。


夕陽が地平線の同じ位置にずっといる。
それがどうしたと言うのだ。
意味などない。

ただ夕陽を追いかけていただけだ・・・。

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もうそろそろ東京に戻らねばならない。
個展の予約をしてあったからだ。

会場を借りるのに苦労した。
何軒回っても門前払い。
一元さんには貸しません、肩書がないと貸せません、賞を取っていないと貸せません。

で、やっと認めてもらったのが、有名な画家や画商が画廊巡りをするときに必ず寄ると言われているメジャーな画廊だった。
そこを借りられただけで半分は成功だと言われていた。

全てを失ったのに夢も見失ったのに、何故このことだけ覚えていたのだろう。
ああ、きっとその画廊のオーナーを裏切りたくない、と言う思いが強かったのだろうと思う。
僕の画を、認めてくれた唯一の人だから。

費用は60万・・・。
親友は何も聞かずに貸してくれた。

ちなみにその金・・・今も借りっぱなしw
作品が売れたら返すって言ったので、働いて返すことは出来ない。
でも、売れたら使っちまって・・・ww
ごめんよ、もう少し待ってくれ。
死ぬまでには返せる・・・かも知れないwww


個展も終わり(そこでも借金取りが現れ、売り上げを持ってった・・・)、取り敢えず、金を貸してくれた親友の家に数日滞在した。

そこを去る日、親友は言った。
「トシカズ、兎に角、生きろ。夢はもういいから、兎に角、生きていてくれ」

そして背を向けた僕に親友は叫んだ。
「生きてないと、金を返してもらえないだろう!」

ああ、返すよ、絶対!

僕が生きる決意をした瞬間だった。


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