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罪悪感
心理学のせんせーに、NTRが投影しているものは、あなたの罪悪感だと言われた。
その人は、先生ではないけど、身体で体験している人だから、学問的な知識を持っている先生より、説得力がある。
愛に苦しんだ人だから、
涙で獲得した知識だから、
その人の言葉は、どこまでも優しく、
そして鋭い。
故に、色々教えてくれるその人は、
僕にとってはせんせーなのだ。
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夫以外の男に犯され、感じてしまうことの背徳感。
そして、女の歓びを感じてしまうことの罪悪感。
男に溺れ、夫を裏切ったと言う負の感情が、快感を爆発的に増幅させる。
そんな妻に、興奮する夫。
妻に、自分の薄汚い欲望を押し付けたことへの罪悪感。
妻に裏切られて、堕ちて行く負の歓び。
罪悪感と嫉妬は、NTRの醍醐味。
にもかかわらず、罪悪感が心の投影だとするならば、
僕は妻に、どんな罪悪感を持っているというのだろう?
で、一晩、考えた。
僕の抱いている罪悪感は・・・!?!
「僕は芸術家だ。貧乏など、何でもない。でもカズ子は、辛いと思う。
普通の男と結婚した方がいいと思う」
結婚する前のこと。
「あなたじゃなきゃ、ダメなの」
君はそう言ったんだ。
だから僕たちは、人生の楽しさを分かち合った。
愛することの歓びに震え、涙した。
しかし、貧しかった。
僕は芸術に没頭し、生活を顧みなかった。
そして、歳をとって働く先がなくなった僕は、言ったんだ。
別れよう、って。
その時、君は泣いたんだ。
悲しみに耐えられず、子供のように、泣いたんだ。
その涙が・・・・今でも胸を締め付ける・・・。
それから十数年。
僕は、今まで1~2年で辞めていた仕事を、我慢強く続けた。
愛に生きよう、って決めたんだ。
君の涙を二度と見たくはなかったんだ・・・・
でもね、
もう限界なんだよ。
普通に生きられないんだよ。
居心地のいい家もいらない。
着心地のいい服もいらない。
乗り心地のいい車もいらない。
僕が欲しいものは、ただひとつ。
自由。
これが僕の、君に対する罪悪感なのかも知れない。