妻と縄 110.初恋
妻は輝く玉のような男の子を産んだ。
もちろん、まだ誰に似てるかなど分かるはずもない。
血液型さえも男たちは誰も知らなかった。
恐らく妻は知っているのだろうが、何も言わない。
ただニコニコと微笑んでいるだけだ。
私も「二人の子」を産んでくれた妻に感謝するだけだ。
誰の子であってもかまわない。
私の子として愛情をもって育てるだけだ。
妻の病室には多くの花束が届き、花で埋められた。
誰もが祝っていた。
妻の夫として・・・・。
生まれたての赤ちゃんを育みながら、穏やかな月日は流れた。
ずっとこのまま平穏な日々が続けばいい、心からそう思っていた。
妻も男の話は一切しなかった。
出産後3か月はセックス出来ないのを誰もが知っている。
しかしその3カ月が過ぎても誰からも連絡がなかったのだ。
もちろん出産後の最初のセックスは、戸籍上の夫である私の特権だ。
誰にも文句は言わせない。
いち早く妻を抱いて、二人目を仕込むのだ。
私の焦りに気付いた妻は笑いながら言った。
「そんなに焦らないで。私もトモカズの子供が欲しい」
今はそう言ってもらえるだけで嬉しい。
私の覚悟に寸分の揺らぎもなかった。
例え妻が何人の男と寝ようと、私は妻を愛し抜ける、そんな自信もあった。
あの男が出て来るまでは。
結婚当初、私は妻に処女であると聞かされていた。
そのことを疑ったことはない。
しかしセックスの最中に見せるほんの些細なことに私は時折引っ掛かった。
何てこともない行為なのに、アレ? と思ったのだ。
バックから突いた時の腰の動き、私の上に乗った時の腰遣い、そして私を愛撫する時の巧みな舌や指の使い方・・・
しかし私は考えないようにしていた。
妻が処女であったかどうかなど、どうでもいいのだ。
今、妻が私を愛している、そのこと以外に大切なことなどある筈がない。
しかしそんな私の固い自信を揺るがすような男が現れたのだ。
妻の高校の一つ上の先輩である高田サトシ、36歳。既婚で子供もいる。
妻の幼馴染で元恋人だ・・・・・。
妻の大切な十八歳から二十歳迄の2年間を奪った男だ。
妻は実家の前で、17年振りに元恋人と出会った。
その日から、私たち夫婦の日常は乱されてゆくのだ。
その頃、妻は頻繁に実家に帰っていた。
母親に赤ちゃんの育て方を教わるのと、育児疲れがから解放されるために。
私は積極的に親元に帰ることを勧めた。
目の下にクマを作った妻など見たくはなかったのだ。
電車で1時間30分、車なら1時間で行ける距離だ。
妻は二週に一度というペースで実家に帰っていた。
実家だということに、私は安心し切って油断していた。
そこにとてつもない落とし穴があることも知らずに。
私の初恋は、高校3年の時、一つ上の先輩で家の事情で留年し私と同じクラスになった人だった。
家の事情が複雑らしく、彼は少し荒れていた。
しかし私といる時だけ優しい目になった。
私が助けて上げなければ、そんな気持ちになって彼と付き合いだしだのだ。
しかし、友だちは口を揃えて反対した。
あの男だけはやめておけと。
みんなは知らないのだ。彼の本当の優しさを。
周囲が反対すればするほど私の気持ちは燃え上がった。
彼が初めて私の前で涙を見せた時、私は彼に抱かれ、処女を捧げた。
高3の春だった。
河口付近の誰もいない漁師小屋で二人は結ばれた。
それからと言うもの、私たちは毎日のように逢っては愛し合った。
学校でも校舎の陰に隠れてキスをし、互いの性器を手で愛撫し合った。
燃え上がると、授業をサボり、人のいない音楽室で愛し合った。
私の盲目的な愛情が、また友人たちの反感を買った。
あいつと付き合いだしてカズミ変わったわよ。
そう言われるようになった。
高3の一年間、そして卒業して社会人になってからの一年間、私たちは二人だけの世界に没頭した。
周りは何も見えなかった。
私の身も心も全てを捧げ一生一緒にいるものと信じていた。
が、二年目の夏の終わり、彼が突然言い出したのだ。
東京に行くと。
引き留めるのもきかずに彼は東京に行き、私は捨てられた。
まるで使い古した玩具を捨てる様に。
息をするのも辛かった。
生きていることが苦しかった。
そんな時、彼の噂を聞いた。
女を追いかけて東京に行ったことを。
そして、私と付き合っている間も、数人の女がいたことも。
何年も苦しんでやっと忘れかけたのに・・・・
そんな彼と私は実家の前で偶然に出会ったのだ。
「よう、久し振り!」
明るい元気な声に振り向いた私は一瞬相手が誰か分からなかった。
それもそのはず、髪を金髪に染め、お腹の突き出た堂々とした体躯の男に見覚えがなかったからだ。
「何キョトンとしてんだよ? 俺だよ、俺。何だよ、忘れちまったのか?」
「あっ!」
私は声に出して驚いた。
まさかこんな所で会おうとは・・・おまけにその髪の色、その身体、分かりっこないわ。
「子供、出来たのか?」
「え、ええ・・・」
子供を抱いていたのを見たのかも知れない。
「幸せそうだな」
「もちろんよ、幸せだわ!」
懐かしむ気持ちより、怒りが先に湧いてきた。
「何怒ってんだよ。昔のことだろ!? 悪かったよ、あんな別れ方して」
「私がどれだけ・・・」
私は言葉に詰まった。
「でもお前、綺麗になったな。見違えたよ」
「え!?!」
私は不意を突かれ怒りが立ち消えた。
「もう何年になる? 15・・・17年か!? 本当に綺麗になったな」
「そ、そんなことないわよ」
「お前のこと、忘れたことないよ」
「嘘ばっかり」
「信じてもらえないだろうな。俺は上辺しか見ていなかったんだ。派手な女とばかり付き合って・・・いつも思い出してたよ、お前のことを」
突然の彼の告白に私は何も言えなくなった。
「許してくれとは言わないからさ。少し話せないか? お前のことが知りたいんだ」
「そんな・・・急に言われても」
「な、いいだろ!? ほら、付き合ってた頃二人でよく行った堤防に行ってみないか?」
私の脳裏に若き日の思い出が蘇る。
特に夕暮れ時の堤防は、寂しくて眩しくて私の青春そのものに思えた。
彼は私の腕をつかみ、強引に歩き出した。
「痛い」
「あ、悪い」
と、彼は手を放し、そして手を繋いだ。
「やめてよ、手を放して」
「頼む、向こうに着く間だけでいいから」
振り向いた彼の横顔に一瞬寂しそうな翳りが見え、私はそれ以上何も言えなくなった。
広く開けた河口の向こうの水平線に、夕日が沈もうとしていた。
「ごめん、もう少しこのままでいさせてくれ」
彼は私の手を握ったまま言った。
「何かあったの?」
「ああ、女房と揉めてさ。実家に帰っているんだ」
「・・・・」
「もうお互い、愛情はないんだ。でも子供が」
「大丈夫よ、元気出して。けろっとして帰って来るわよ」
と、彼はいきなり私を抱き寄せ、唇を奪った。
「うっ! 何するのよ、やめて!」
「カズミ」
彼はそう言ったきり、私を抱きしめたまま黙った。
「あの時もこうやってよく抱き合ったなあ」
「もう、放してよ」
「お前とこうやっていると、あの時の気持ちが蘇って来るよ」
悔しいが、私の気持ちも引きずられていた。
彼しか見えなかったあの頃の気持ちに。
彼の肩越しに、太陽が水平線に沈もうとして、赤く空を染めている。
彼の温もりが伝わって来る。
昔、この温もりがどれほど恋しかったことか。
不意に胸に熱いものが込み上げてきた。
「カズミ、俺と一緒にどこか遠い所に行かないか!?」
「ふふ・・・バカね、行けるわけないでしょ」
ドラマの見過ぎよ、そう言いかけてやめた。
「だったらせめて・・・・」
と、彼は強引に私の唇をまた奪った。
「んんっ、んぐ・・・んんん」
彼が頭を押さえて顔を背けられない。
心に出来た僅かな隙間に彼は入り込む。
「んああっ、ダメよ・・・」
何か言おうとすると彼の舌が絡んで上手く話せない。
「ダメ・・・ダメだったら・・・・」
その甘く懐かしい感触に身体から力が抜けて行く。
「あっ、あああ・・・やめて、高田君・・・」
「思い出したか? キスが好きだったろ!? こうやって会うたびにキスをしてたじゃないか」
彼が唇を離さずに呟く。
「あああっ、だめ・・・だめ・・・ああっ」
心は拒否しても、身体がそれを覚えている。
一瞬にして17年前のあの感触が蘇った。
彼の手が私の乳房をまさぐる。
「んんっ、いや・・・やめて・・・」
彼の手を押さえてはいるものの、力が入らない。
私の舌が無意識のうちに彼の舌を求め彷徨う。
「もっと舌を出せよ。もっとだ」
差し出す舌を彼は強く吸い、舌を口の中に入れて絡ませる。
「んああっ」
「口を開けろよ」
私はハッとした。
「い、イヤよ。ダメ・・・お願い・・・許して」
彼が口を尖らせる。
私は上を向いて口を開けた。
彼の口から夕陽を受けて光る唾液が私の口の中に注がれる。
ゴクリ・・・私は彼の唾液を飲み込んで喘いだ。
「ああっ」
「お前、好きだったもんな、俺の唾を飲むの。ほら、もう一回」
「んんああっ」
私は彼の唾液を受けながら胸を震わせた。
もう私の身体の半分は、18歳の時の私に戻っていたのだ。
何も知らなかった私を女にし、二年間にわたり様々な性戯を教え込んだ憎い男。それが彼なのだ。
毎日のように会っていた若い二人の濃密な時間は、私を彼の色に染め、完全なる彼の好みの女にしたのだ。
その時開発された性癖、性戯、性感帯は今でも私に影響を与えている。
と、彼の手が私のスカート中に潜り込み、股間に触れた。
「高田君! それはダ・・・ダメ・・・んああっ」
彼の指先はいきなり私のパンティをずらし膣に触れたのだ。
「ほら、もう濡れてるじゃないか」
「ああ、いや! 恥ずかしいっ!」
「恥ずかしがるなよ。昔よくやったじゃないか」
彼はそう言いながら私の最も敏感な部分を指先で攻めた。
「んんっ、お願い、やめて」
彼の手を押さえてはいるが力が入らない。
「あっ、あっ、あっ・・・いや・・・だめ・・・うっ・・・んああっ」
「イケよ、イキたいんだろ?!」
「んああっ、いやよ、こんな所で」
「じゃあ二人きりになれる所に行くか?」
「ダ、ダメ」
「俺の家なら誰もいない。一回だけでいいんだ。お前を抱けたらもう死んでもいい」
「ああっ」
私は彼に唇を奪われながらある言葉を思い出した。
「お前は肉便器だ。どんな男の求めにも喜んで応えるんだ」
縄師の言葉だった。
ああ、こんな場面でも出てくるなんて。
縄師の私にかけた呪縛は、いつもどんな時も私の心を縛り付ける。
「頼む。一生のお願いだ。本当だ。お前をもう一度抱けたらもう思い残すことはない」
彼の懸命な懇願に私の心は揺れた。
そして無意識のうちに私は応えてしまったのだ。
「そんな大袈裟なこと・・・んあっ、もうダメ、本当に一回だけ?!」
「ああ、約束するよ。一生の思い出にするよ」
既に唇を奪われた瞬間から、私の心は半ば開いていたのだ。
「ふふ・・・大袈裟なんだから」
「良かった、カズミが笑ってくれて。昔からお前の笑顔は俺を幸せな気持ちにしてくれる。さあ、行こう」
「本当に一回だけよ」
「ああ、分かってるって。約束するよ」
私たちは衣服の乱れを直し、歩き出した。
真っ赤に空を染める眩しい夕陽に背を向けて。
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