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[0円小説] ゴラクプルの落伍者

旅に倦んで夢は荒れ地に枯れ果てる

ジロウの頭にそんな句が浮かんだ。

天竺(インド)政府の陰謀にハマったのだ。

国民年金の記録を抹消して年金の支出を減らそうとするニホン政府のやり口もセコいとしか言いようがないが、脇の甘い旅行者を狙い打ちする天竺の官僚のやり口もなかなかのものだ。

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だってちょっと聞いてくださいよ、あなた。

ぼくらの電子ビザは2022年7月の発行で、通知された電子メイルには、一回当たりの滞在が180日という制限は書かれているけど、年間何日までなんて話はどこにも書かれてないんですよ。

それなのに、あゝ、それなのに、それなのに。

本年二度目の天竺の180日近い長期滞在を終えて、ということはつまり、本年の通算滞在日数は330日にならんとしておったわけですが、そのような状況でインドとネパールの国境の街スノウリにて出国手続きをしようとしたらばです、係官が言うのですよ、「きみたち超過滞在だから出国できないよ」ってね。

「はぁーーーっ!?」て思いましたわ。超過滞在のわけないじゃん、入国してからまだ180日経ってないんだからさー。

ところがです。係官が言うには、一暦年(つまり1月1日から12月31日までってことですが)に滞在できるのは180日までだから、お前たちはそれを超えてると言うのです。

「はぁっ?、はーあっ??、はーあっあーっあーっ!?」てなもんでそんなルール聞いたことありまへんがな。

するとです、隣にいたロシアの青年が、「そのルールならぼくの電子ビザに確かに書いてあるよ」というのです。昨年には影も形も存在しなかったルールが、確かに今は存在し、どうやらそれは自分らにも適用されるらしい……。

ようやくここに至り、これは係官の冗談でもなければ、おいらの見ている夢でもなく、天竺政府の陰謀にハマったに違いないと、わたくし夢見探偵のアナタ・ジロウは気づいたわけでごさいます。

となれば仕方ありませんから、「一体われわれはどうすればいいのですか」と係官に聞くと、係官は「オンライン……」と言いかけたのを中断して、ゴラクプルに戻って外人登録局へ行きなさい、そこで出国許可を取ればいいのです」とお告げをくださったのでした。

ゴラクプルはこの国境の街スノウリから100キロほど、しかし道は悪く混んでるし、バスはオンボロだし、片道3時間かけてようやく今朝そっちからスノウリに着いたところなのに、「また逆戻りかよー!!」と怒り心頭になりかねない状況ですが、幸いわたくし天竺歴かれこれ34年、この国の悠長さには慣れ親しんでおりますから、そのくらいのことはまあ仕方がないなと割り切れたのですが、係官に呼ばれてそのやり取りをする際に、インドに慣れない韓国のおばさまが、わたしは係官に呼ばれて話をしているだけなのに、さもわたしが横入りしたかのようにわたしに文句を言うものですから、もちろんそのおばさまも、何だかわけのわからぬ状況で、長々待たされていらいらしていたのだとは思いますけれども、ついこちらと反応してしまいまして、「シッ」と犬を追い払うような音をそのおばさまに向けて発してしまったものですから、ストレスが発散されてだいぶ気はまぎれましたものの、見知らぬ異国の方に申し訳の立たないことをしてしまったなと反省することしきりなのでございました。

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ここまでで原稿用紙4枚強か、とジロウは思った。

まだほんの出だしの、5分かそこらのことしか書いてないのに。

この調子で出国許可が無事手に入るまでの2週間のことを書いてたら、長編小説が一本できあがりかねないじゃないか。

それをきちんと書いたら、カフカばりの不条理小説が書けるかもしれないという予感がジロウに生まれてはいた。

しかし、それを実現するだけの時空の余白が今はない、残念なことだが。

そう考えてジロウは、その文章はここまでで打ち止めにすることにした。

法治国家という、21世紀の蒼き玉星を覆う虚構の体系によって、罠に嵌り、どツボに落ち、極度の精神緊張下で妻に数え切れぬ怒鳴り声を発しながら、外人登録局に何日も通い詰め、つながらない電子申請システムに夜通し接続を試み、州都まで片道300キロを一日かけて往復し、クレジットカードのキャッシング枠が限度いっぱいで日々の小遣い銭にも事欠き、その他いろいろにさまざまに、あれやこれやにあくせくとアクセスし、いらいらとし続けた日々もついに終わったのだから、妻には内証でインドの酒屋併設の飲酒場にて、蚊柱を追い追い、ほろ酔い加減でうつつを夢と見て、迷走的瞑想の深みを味わうことにすればそれでよいことを、ジロウは確かに知っているのだった。

[有料部にはあとがきを置きますが、大して何も書きませんので、投げ銭のつもりでのご購入以外はおすすめいたしません]

[なお、上記作品中には記載するに至りませんでしたが、インド政府の後出しビザルール変更によって、超過滞在の罰金として一人当たり日本円90,000円近くを払わされるハメになった収入なき我々夫婦を哀れに思ってくださるお方がいらっしゃいましたら、100円でも200円でもサポートの形などで恵んでいただけましたら、これにまさる励ましはありません。あらかじめ御礼申し上げます]

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