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[詩小説] 宙(そら)へ放つ手紙
きみのことなどロクに知らないのに、こんな手紙を書くのはヘンなことだろうか。
もともとヘンな人間なんだから、そんなこと気にしてもしょうがないんだけどさ。
でも敢えて言えば、ロクに知らないから書けることってのもあるんだし、ヘンなことを書かずにはいられないときもあるってことなんだ。
もちろん、そんなことは勝手な言い草にすぎないけどね。
きみのつき合いの良さに甘えて、って言ってもそのつき合いの良さだってぼくが勝手に空想してるだけのものだけど、とにかく三歳児並のわがままな独り言を書き連ねるのを、まあ聞き流してくれよ。
* * *
人間だれだって、いつかは死ぬ。
わざわざ口に出して言う必要もない、ただのつまらない事実をこんなところに書いて、どういうつもりなんだろうね、ぼくは。
死ぬのが怖いわけじゃあないんだ。痛いのや、苦しいのはイヤだけどね。
ただ、いつかこの世のすべてとおさらばするのかと思うと、いいようのない気持ちになるんだな。
一年前、親父が死んだ。九十まで生きたんだから大往生さ。しかも今どき、自宅の自分のベッドの上で最期のときを迎えたんだから、まったく幸せな死に方に違いない。
でも、こっちの送り方がなってなくてね。苦しそうな顔をして死んでたよ。
かかりつけの医者もいなかったから、警察に連絡したら、とっくに死んでるのに救急車は来るわ、警察は現場検証を始めるわで、まったく大変だったよ。
現場を仕切ってた警官は、事件で死んだ人間とは違って安らかな死に顔だったって言っててね。そりゃあ、恐怖に顔を歪めてたわけじゃないから、そういう言い方をしてくれたんだろうけど、そんな生易しい顔つきじゃあなかった。
ああ、苦しい、何とかしてくれっていう顔をして、親父はこの世を去っていったんだ。
前の晩は、喋れはしなかったけど、まだきちんと意識があったんだ。で、夜のうちになくなってて。最後の晩をベッドの横で一緒に過ごすくらいできなかったのかって、思うとね……。
まあ、そんなこと今さら言っても後の祭りさ。
* * *
結局何が言いたいかっていうと、つまり、ぼくらの命なんて、ホントに吹けば飛ぶようなものでしかないじゃないか。
そんなちっぽけな命だからこそ、しがみついて、少しでも楽しようと思って、せこい保身に走って、そんなことを皆やってるわけだろ?
そりゃあ、おれだって同じことさ。
たぶん、きみだって同じなのかもしれない。
でも、ぼくはきみの中に確かな輝きを見たんだ。そしてそれを信じようと思ってる。
薄汚れた両手を、のうのうと振り回して、安穏に屍肉を喰らうような暮らしをしているぼくの中にだって、ちっぽけだけどその輝きはある。
その輝きと輝きが裸で出逢うとき、世界は光で満ちるのさ。
そんな出逢いが起きるまでには、無数のすれ違いを重ねる必要があるのかもしれないし、何度すれ違いを重ねても結局そんなことは起こらないのかもしれない。
でも、それはどっちでもいいんだ。
結果がどうなるかってこととは別に、とにかくぼくは手を差し出すんだから。
そして、きみがここまで読んでくれているとすれば、少なくともきみは、その手を払い除けたりはしなかったってことになる。
以上でぼくの言いたいことは終わり。
返事はいらない。
だってこれは、何かを求める心を、宙(そら)へ放つための手紙なんだからね。
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