新・風の少年(01)

私が2013年に描いた、初の児童文学作品です。2017年から始まった「風と雪シリーズ」の子孫の話になっています。よろしければご笑覧ください。

新・風の少年

 第一巻「宿命の子」

 和泉敏之


風の少年と雪の少女たちの物語から104兆年後。
新たなる宇宙にて。


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プロローグ


大雨の日であった。母親は生まれたばかりのわが子を見つめながら横になって いた。


父親はいない。それもそうであろう。その子供は母親以歳のときに腹の中に 宿った不義の子であった。それが原因で、母親は家を追われた。大きな腹を抱え ながら、気づいたときにはこの小さな島にいた。母親がまだ見ぬ子どもと共に、 海に身を投じようとしているところを、漁師に救われたらしい。


そこを陣痛が襲った。島には「島に来た者はどのような者にでも救いの手を授 ける」という決まりのようなものがあった。村長は言った。「こんな幼い子に母 親になれるわけがない」そう言って、子供を流産させることを言って聞かなかっ た。しかし、母親を救った漁師は言った。「俺が父親になる」彼は妻を一年前に 亡くしていた。子どもも出来なかった。村長は反対した。しかし、その漁師は 「島に来た者はどのような者にでも救いの手を授けるというのは嘘か」と反論す る。大雨の日であった。


この島には大雨が降る日はよくあったが、今日は格段に大きな雨だった。母親 が目を覚ました。涙を浮かべていた。漁師は言った。「これから俺とあなたでこ の子を育てるのだ」母親は理解が出来ない顔をしていた。顔を横に向けると、赤 ん坊が眠っていた。「たった今生まれたんだ」漁師はそう説明した。母親はますます涙した。母親は全てを話した。この子供が不義の子であること、両親に勘当 されたこと、そして死のうとしていたことも。漁師は何故か全て知っていたかの ようであった。「だから、俺とあなたでこの子を育てるのだ。」母親は悔いた。 この小さな命の未来を奪おうとしていたことを。そしてこの時誓った。一生かけ て、この島で、この子供を幸せにすることを。


島の皆が彼らを祝福した。この島には小さな子供は数人いたが、島以外の者が 子供を産んだのは恐らく初めてであったであろう。島の者は全力で、この小さな 母親と子どもを一緒に守ることを決めた。


だが、村長はいぶかしんだ。「いずれ、この子供がこの島に災いをもたらすと してもか?」そう漁師に語った。母親にも聞こえていた。漁師は理解の出来ない 表情をしていた。母親はもっと訳の分からぬものに包まれたような表情だった。 「この子には宿命がある。先ほど、祈祷によりそれが分かった」村長は詳しい事 情を話した。


「子供の名前は何にする?」漁師は母親に尋ねた。母親は迷った。子供を産むこ とすら考えていなかったため、名前などもちろん浮かばなかった。大雨がますま す激しく降る。「レイニー」小さな声でそうつぶやく母親に、漁師は聞き返した 「雨は恵みをもたらすでしょう? この子にもそんな恵みにあふれた存在になっ てほしいの」母親は初めて笑顔を見せた。「レイニー・・・・」


い。 母親の名前はマリア。童顔だが、スタイルが良い。島にやってきてから8年、 すっかり島の住人になっていた。数少ない島の他の女性のように、上半身は胸元 だけ隠し、短いパンツに布をまとった民族衣装のようなものを着ていることが多


第1章 泣き虫レイニー


レイニーは8歳になっていた。レイニーは全身、真っ白な服を着ている。上半 身はノースリーブで、下半身は少し長めの短パンに裸足でサンダルのようなもの を履いているのが常だった。レイニーの首には貝殻のペンダントがかけられてい た。マリアはいつ取ってきたのか分からないが、貝殻にヒモを通し、レイニーの 首にかけた。


レイニーは泣きながら、家に帰ってくることが多い。今日も泣きじゃくりなが ら、母親にしがみつこうとしていた。マリアは聞く。「どうしたの? また何か あったの?」心配はしているが、またかという気持ちが混じっている。しかし、 マリアのレイニーに対する愛は本当である。レイニーが5歳の時、風邪をこじら せて、肺炎になりかかったときがあった。マリアは、この日も雨だったのだが、 島に一つある病院にレイニーを抱き走った。もしかしたら万一のことがあるかも しれない。医師のこの言葉を聞いて、マリアは雨の中、祈った。「私の命と引き 換えにこの子を、レイニーを守って下さい・・・」この島は少し古代的文明が宿って いることもあり、神に祈ることが頻繁に行われていた。マリアはこの島に来るまでは、無神論者だったが、この時ばかりは祈りに祈った。結局、レイニーは無事 だった。そういうわけで、マリアのレイニーに対する愛は本物である。 マリアは聞く。「どうしたの? また何かあったの?」レイニーは何も答えな い。マリアは皿を拭きながら、レイニーが何か反応をするのを待つ。これがいつ もの彼らのやりとりだ。一向に口を開かないレイニーを、半ば強引にキッチンの 椅子に座らせ、夕食を用意した。マリアは無理にレイニーに答えさせようとはし ない。彼が自分で口を開くのをひたすら待つのだ。


やがてレイニーがつぶやいた。「お母さん、何で僕、何もできないの?」マリ アにとっては、意外な言葉だった。しかし、冷静に「誰かにそう言われたの?」 と食事をとりながら、聞き返す。「今日、ストアとトマスと一緒に釣りに行った んだ。そこで僕、おぼれかけて・・・」後は涙があふれ、聞き取れない。マリアは ゆっくりとレイニーの涙を拭きながら、なおも待つ。「僕、お父さんみたいな漁 師になりたいんだ。けど、僕、泳げないから・・・」ようやく息子に何があったのか 何を感じているのかをマリアは少し理解した。「それで泣いて帰ってきたの。い いんじゃない? 何もできなくても!」マリアは半ば突き放すようにそう強く 言った。レイニーは「え?」と困惑していた。「レイニーはレイニーだから、お 母さん、それだけで十分よ!」マリアはレイニーの目をよく見て言った。レイ ニーは目をそらそうとしたが、マリアはレイニーの顔を自分の方に向かせた。マ リアが笑うと、レイニーも目に涙を浮かべながら、笑う。そしてマリアはゆっく りと最愛の息子を抱きしめた。

父親が帰ってきた。「ソクラス、お帰り。レイニー、お父さんよ!」マリアは レイニーを呼ぶ。「お父さん!」レイニーは駆け付けた。「よう、レイニー。今 日は釣りに行ったんだって? よく釣れたか?」そう聞く父ソクラスにレイニー は黙り込む。マリアがロをはさむ。「レイニーはお父さんみたいな漁師になりた いんだって! なれるわよね?」笑顔でマリアはそう2人に話しかける。レイ ニーは何か言おうとしたが、ソクラスが先に答える。「漁師はきついぞ! レイ ニーは絵がうまいんだから、そっちの方に進んだらどうだ?」ソクラスのこの言 葉を期待していたかのように、マリアは「そうね! レイニー、あんた、何もで きなくないじゃない!」とレイニーに笑いかける。


レイニーの将来について、マリアとソクラスは少なからず話し合っていた。確 かに、レイニーがひどく不器用なことを2人は知っていた。初め、ソクラスはレ イニーを自分のような漁師にすると言って聞かなかった。しかし、マリアはレイ ニーにそれは難しいことを、まだレイニーが幼いときから気づいていた。「そん なことより、いつも笑顔で周りの人を幸せにできる人になってほしい」マリアは そういつも言うのだった。ソクラスも自分の思慮の足りなさを認識し、改めてマ リアにレイニーを全面的に任せることにした。もちろん、父親の役割を放棄した わけではない。しかし、血がつながっていないことをレイニーも知っているし、 自分は陰で二人を支える役割を果たそうとしていた。だから、何かあったら、全 てマリアの意思、そしてレイニーの意思を尊重することにしていた。レイニーは 絵がうまいのか自分では分からなかった。しかし、なぜかよく他人から褒められる。しかし、それで有頂天になるような性格をレイニーはしていないから、特に 気に留めなかった。しかし、(血はつながっていなくても) 父親と母親にそう言 われると、照れながらも、微笑んだ。


これはマリアに起因しているのだろう。彼女は小さい頃、画家を目指していた 島に来てからは、絵を描くことを辞めたが、レイニーに自分の才能が宿っている ことを始めに気づいたのも彼女だった。ともあれ、レイニーはよく泣く子供だっ たが、母親と父親の愛に包まれ、育っていた。 眠る前に、レイニーが言った。「風が変わった・・・」すると、嵐がこの島にやっ てきた。ソクラスは驚いたような嬉しそうな表情でわが子に語りかける。「レイニーは風と仲良しなんだな・・・」レイニーも笑った。


翌日、レイニーは学校に出かけた。この島に学校は一つ。ハンナというマリアと同い年の女性が唯一の教師である。学校と行っても、カリキュラムのようなも のはなく、ハンナがその日その日に子供たちに必要なことを教えるという形式 だった。自由という精神がこの島には、そしてこの学校にもあふれていた。生徒 の数も5人。レイニーと先日釣りに出かけたレイニーより5つ年上のストアとト マスという男子。女子はストアとトマスと同い年のルースとレイニーと同い年の


アリスのみである。元々、学校はなかったが、ハンナが教育熱心なため、村長で あるプラトに頼み込んで、生み出された小さな塾のような学校である。 レイニーが席に着いた。そこへ「おはよう!」とアリスが駆けつける。レイニーも「おはよう」とほほ笑む。アリスはレイニーが生まれた翌年、島に漂流し た男女が抱えていた子供である。男女はアリスを残し、島を出て行ってしまった プラトはじめ、島の大人たちは激怒した。そこでプラトがアリスを育てることに した。一年前のマリアとソクラスの決意に心を踊らされたのだという。 アリスはそんな境遇にめげることもなく、強く育った。少し男勝りで、年上で男子のストアとトマスを言い負かすこともある。レイニーは泣き虫の自分とは正 反対のアリスに小惹かれていた。アリスもそれには気づいており、2人は仲の良 い幼馴染として育った。トマスとルースが一緒にやってきた。トマスはルースに 恋をしていた。幼いころから。しかし、それを打ち明けられずにいた。むしろ、 子供がするように、ルースに意地悪なことばかりしていた。ルースは少し天然な 所があり、そんなトマスに困っていた。そこで、今日も「ちょっと、ストア、助 けて!」とストアにせがむのであった。ストアはトマスの恋心を知っており、 「まあまあ、仲がいいことじゃないか!」と答える。トマスは赤面したが、ルー スはふん! といって席についた。これが数少ないこの島の子どもたちの人間模 様である。


トマスがレイニーに笑いながら語る。「よお、レイニー。昨日は大丈夫だった か? びっくりしたよ、いきなり溺れて!」レイニーは他人に意地悪なことを言 われたと思うと、石化したかのように止まってしまう。「漁師の息子が溺れるな んてな! 笑っちゃうよ!」レイニーは固まっている。そして、涙が目にあふれ ていた。どん! アリスの荷物がトマスの頭に直撃した。レイニーが一番この光景に驚いていた。「痛い! 何すんだよ、アリス!」トマスは矛先をアリスに変 えた。トマスは子供のような性格をしている。他人をおちょくるのが大好きであ る。アリスは激怒していった。「溺れたっていいじゃない! レイニーはあんた と違って優しいんだから!」アリスがトマスとぶつかるのはいつものことである こんなとき、アリスを負かすのは不可能と分かっており、トマスは「はいはい。 レイニー、ごめんよ・・・」と折れた。レイニーは涙を一滴流して「いいんだ、何も できない僕がいけないんだから・・・」と小さな声で二人を調停しようとした。「レ イニーは悪くないの! 今度、レイニーの絵、見せてよ」アリスがレイニーを励 ます。「私も!」皆のお姉さん的存在であるルースがそれに加わる。このような 光景が毎日の日常であった。すぐ泣こうとするレイニー、それを慰めるアリス。 レイニーは後で静かにアリスに言った。「ありがと・・・」アリスは笑顔で答える。 「どういたしまして! レイニーに意地悪する人は私が許さないんだから!」レ イニーもアリスに甘えていた。


そういえば、こんな日もあった。子どもたちが遊んでいたところ、レイニーが 転んだ。レイニーは例の如く泣き出したが、アリスがそこへ駆け寄った。何をす るのかという興味津々のトマスに対し、アリスは・・・自分も転んだ。皆が驚いてい た。そうして、アリスはレイニーを見つめる。そして笑いかける。レイニーも 笑った。目にいっぱい涙を浮かべて。「さあ、起きようか!」アリスはレイニー の肩に手をやり、2人は笑いながら、立ち上がった。レイニーにとって、アリス はかけがえのない存在であった。将来、結婚しようとも思っていた。朝のやり取りを聞いていたハンナは授業を変更して、美術の授業にした。体育 ならだれにも負けないトマスもこれでは形無しだった。こまごましたことが嫌い だった。翻って、大得意なのはレイニーだ。この日はペアーになって、お互いの 肖像画を描くというものだった。レイニーとアリス、トマスとルース、そしてス トアとハンナがそれぞれを交代で描いていく。「動くなよ!」トマスがルースに どなりつける。それに反論するルース。それをアリスとレイニーは笑いながら見 つめていた。「もう、とマスったら。早く素直になればいいのにね」レイニーは いやあと言った感じで困っていた。「私たちみたいにね!」アリスのこの言葉に レイニーは不意を突かれたようだった。出来上がったアリスの肖像画を見て、 「これ、一生の宝ものにする!ありがと、レイニー!」レイニーは照れながら ようやく「ありがとう」と小さくつぶやいた。アリスはそんなレイニーを見て、 「レイニーは本当に優しいんだから。私みたいなカカア伝家なお嫁さんをもらう と大変よ!」レイニーは固まっていた。そうしながら、アリスの真意をとらえよ うとしていた。しかし、それが定まる前にアリスが言った。「将来、私をお嫁さんにしてね!」レイニーの顔は真っ赤になった。「レイニー、かわいい!」アリ スがレイニーに微笑ましく笑いかける。こっそり二人の話を聞いていたハンナもしずかに微笑んだ。このような自由な空間がこの島には流れていた。


家に帰ってきたレイニーは昨日とは打って変わって笑顔にあふれていた。マリ アがおかえり!というと、今日のことをレイニーはマリアに伝えようとした、しかし、いつもと違う光景に気が付いた。いつもはまだ家に帰ってきていないはず のソクラス、そして謎の老人がいた。レイニーはお辞儀をすると、ソクラスがロ


を開いた。「息子のレイニーです。こちらは私の古い友人のヘゲルさん」レイ ニーは見知らぬ客に再びお辞儀をした。「この子がレイニーか。礼儀正しいな。 しかし、友人とは私も若くなったものだ」へゲルがそう言うと、いやあ・・・とソク ラスは顔を下にする。何か変だ! 幼いレイニーにもそれがうすうすと感じられ た。しかし、ソクラスは漁師で一年の間、ほとんど漁に出かけている。この時期 はたまたま島にいることが多いのだが、一年のほとんどはどこで何をやっている のかは、レイニーは知らない。だから、見知らぬ客が来てもおかしくないのだが 何かこの老人からは不思議なアウラがあふれていた。へゲルはレイニーの肩に手を装い、語りかける。「君は宿命の子だ。何があってもめげるんじゃないよ!」レイニーは理解できなかった。宿命? なんのこと


だろう? そう言うと、ヘゲルは家を後にした。もうお帰りですか・・・とソクラス は外でへゲルに話しかける。「レイニー君の顔を見られただけで来た甲斐があっ たものだ」レイニーにも彼らが話しているのが聞こえた。自分に会いに来た? ますます困惑してきた。


「はい、ごはんよ。手を洗ってらっしゃい」マリアのこの声を聞いて、レイニー は今までのことを忘れたようだった。「今日ね、アリスが僕にお嫁さんにしてくれーって・・・」照れ笑いをしながら、マリアにレイニーは今日あったことを話す。マリアは口を大きく開けながら、目を輝かせて喜んでいた。「あら、それじゃあレイニーの泣き虫も少しは治るかもね!」「うん!」レイニーは元気よく返答する。 マリアの横で眠るとき、レイニーは今日あったことを反芻していた。ようやく へゲルのことを思い出した。(宿命? 僕が?)今のレイニーには理解が出来な かった。自分が宿命を抱えて生まれたこと。その宿命により、この島に異変をも たらすこと。そして、自分の宿命をその後呪うことになろうなどとは、今のレイ ニーには知る由もなかった。この日、思ったよりもレイニーはよく眠ることが出 来た。


つづく。

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