アルタイルの詩(笑) (9)

３−１

　　神崎以外。

大輔　好きに、自由にって……どこまでやっていいんですかね？
松岡　思うにね、遠慮しすぎてたんですよ。
洋子　もっと、思ったことを言ってもよかったですよね。
松岡　ぼくね、７２歳なんですって。
　　　おかしいじゃないですか。日中戦争がどうの、「いのちみじかし」のゴンドラの歌、軽く１２０歳を越えてないと、口に出ないですよ。
　　　渉の年齢設定で１歳ちがうとかどころじゃないって。
永井　あいつの老人イメージって、そんなもんなんですね。
　　　戦争を体験してて、なんか古い歌を知ってて、って。
　　　ただ漠然とそれっぽいことを書いてるの、バレバレなんだよ。
松岡　ゴンドラの歌、YouTubeで探して、戦争のこと調べて、がんばって１２
　　　０歳の感じを出そうとしたんですけど……
　　　そもそも、本筋と関係ないでしょ。すごく、むなしい。どんなに努力をしても報われない役って。
洋子　めっちゃ分かります、それ。
　　　不倫のシーン、クオリティー上げたって、意味ないじゃないですか。それも、あんなテキトーなやつを相手に……
松岡　なんか、戦争って入れたら、作品が重い感じになるだろうと……それだけ
　　　なんですよね。
　　　思いつきで戦争をあつかって、雰囲気だけ出して……
　　　本当にきらいだな、そういうの。
由紀子　小道具置き場、見ました？
千秋　あ、見ました。裏の長机。
由紀子　みなさん、小道具ゼロの現場って、経験あります？ 全員、手ぶらでお見
　　　　舞いに来てることになりますよね。
　　　　バッグでも持っておいたほうがいいですか、ってあいつに聞いたんですけど……
奈津美　なんて？
由紀子　「いや、必要ないです。そういう趣旨じゃないんで」って。
　　　　え？ どういう趣旨？
　　　　小道具つかわないっていうのがテーマ？
　　　　リアルにつくりたいとか、考えちゃいけないの？
大輔　予算が削減できれば、それでいいんじゃないですか？
由紀子　百歩ゆずって、予算のことならいいの。きびしいのはどの現場だってい
　　　　っしょだと思うから。
　　　　でも、なんで、小道具つかわないって知ってるのに、小道具置き場だけつくるんですか？
　　　　あいつだけには、小道具、見えてるのかな？
　　　　気持ち悪い……
　　　　本当に、なんにも考えてないの？
松岡　なんか、すいません。ぼくだけ車椅子なんかに乗ってて。
洋子　つかいかたがおかしいんですよ、予算。
　　　セットはこんなにつくりこんでるのに……
永井　１回やる時間しかスタジオをとってないの、どういうことですかね？
千秋　バラシはじまってて、めちゃくちゃ撤収をせかされてる気がするんですけ
　　　ど……
奈津美　この状態で、やりなおすのかな？
千秋　たぶん。
由紀子　洋子ちゃん、大変だったよね、あいつの相手。
　　　　変なこと、されなかった？
洋子　大丈夫です。
　　　でも、ディレクターのくせに、出たがるのはなんなんでしょうね？
　　　役者が見つからなかったとか、ぜったい、うそですよ。医者やりたかっただけで。
　　　真剣に演技してるのはいいんですけど……軽く噛むんですよね、手術を、しゅじゅちゅ、って……
　　　笑いこらえるのに必死でした。
奈津美　微妙に歌の歌詞を入れるのもやめてほしいくないですか？
洋子　そうそう。
　　　「たったひとつ、いまでも変わらないことがある……きみは、きれいだ」
　　　って。
　　　あれ、ヒゲダンでしょ？ Pretender 。
　　　決めゼリフみたいに、目を見て、真顔で言うんだもん。
千秋　好きなんですかね、ヒゲダン？
洋子　分かんない。
　　　いや、知りたくもないけど。
　　　わたし、けっこうヒゲダンはまってたから、よけいにむかついて。
大輔　だから、その程度のやつなんですよ。
　　　ゼロから脚本なんか書けないんですよ。
奈津美　わたしたちのシーンも、なんか、どっかで聞いたことあるようなセリフ
　　　　ばっかり……
大輔　でも、よかった……
永井　よかった？ なにが？
大輔　変だと思ってたの、おれだけじゃなくて……
　　　決まったときから、いやな予感しかしなかったんですよ。
奈津美　台本だけ送ってきたけど、ぎりぎりまで、役名が知らされなかった。
千秋　わたし、奈津美だと思ってた。
奈津美　あ、わたしも、千秋だと思ってた。
由紀子　最初に読んだとき、こっちの頭がおかしくなったのかと。
永井　しかし、われわれもすごいと思いますよ。
由紀子　というと？
永井　はじめて全員会って、いきなり本番ではじめて通して、１回もとまらなか
　　　った。
洋子　本当だ。しれっとやってたけど、すんなり通った。
大輔　それも、あの、わけ分かんない長ゼリフ。
松岡　あんなしゃべりかたするやついるか？
由紀子　何語？
洋子　あいつ、本当に人間？ 赤い血が流れてるの？
千秋　通ったの、奇跡ですよ。
松岡　だからね、遠慮する必要なんて、ないんですよ。奇跡のメンバーですよ。
　　　あいつが言ったように、やりたいようにやれば、自分の相手がうまく返してくれる。
　　　そう信じて、２回目はやりましょうよ。
神崎　 (声)おい、十分後開始！
千秋　やべ。
松岡　みなさん、くわしくは、あっちで。

　　永井、松岡、洋子、千秋、由紀子、奈津美、去っていく。
　　大輔、残り、渉を見る。

大輔　(渉へ)おまえは？ ……いいか。不満なんてあるわけないもんな。
　　　ヒロインさんも。

　　大輔、去る。