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【閉鎖病棟】③断捨離みたいなもの

入院してること、
ちゃんと話してないけれど。

そんなの、誰も気にしてない?

ちょっと体調を崩して、入院してるんだ。お見舞いなんて、いらないから。


閉鎖鎖病棟の扉は常に施錠されている。
誰も自由に外へ出る事はできない。

例え、医師から外出許可が出ている場合でも。
外出時の施錠管理は全て看護師が行う。

だから、精神科病院に入院している患者に会いに行く場合は、「お見舞い」というよりも「面会」という言葉の方が、しっくりくる。

それに、私は「お見舞い」と言われるには、少々気が引けた。


例えば、
精神科病棟での生活は、
時間で管理されていたり、
ドアは施錠されていたり、
所持品の制限があったり、
テレビは皆共有だったり、
確かに多くの不便はある。

(保護室は特に。)

だけど、
そのような中でも、殆どの患者は、結構自由に生活をしている。
言い方を変えれば、殆どの患者は、結構好き勝手にやっている。

「お見舞い」というのも、何だか変な感じだ。



全ては、必要のない刺激やストレスから身を守るため。


ただここで生活を送ること。

それも、治療の一環。


もちろん、精神科病院に限らず、「面会」という言葉を使っている一般の病院もある。

しかし、精神科病院ではより多くが、入院患者に会いに行く事を「お見舞い」とせずに「面会」と説明しているように思う。



私にとって、鍵をかけられる生活はもう慣れたもの。しかし、面会者にとっては、少々居心地が悪そうだ。

私がいた閉鎖病棟には、ナースステーションの隣に小さな部屋があって、そこで短時間の面会が可能となっていた。

面会者と部屋に入ると、看護師が外から鍵をかける。


しかしそれも、症状が落ち着くと共に、少し変わる。

医師から外出許可が出ると、
閉鎖病棟の外にあるラウンジでお茶をすることもできた。

許可された外出範囲が広がれば、
病院外へ散歩に出たり、近くの店舗で買い物をすることもできた。

そうやって、
時間をかけて、私の生活や面会時間は少しづつ変化していった。

4ヶ月の入院期間。
そのうち面会に来てくれたのは5人。


これは、私の場合。

面会許可が出たのは、保護室から病室へ移動後。

まず、母。

次に、一ヶ月面会許可が出ずにいた、彼。

そして、私が携帯電話を持てるようになった後、連絡を取った友人のうち3人。

一人は、入院前の発作時に、真っ先に私の部屋に駆けつけてくれた旧友。
一人は、精神科だって、他の病気になるのと同じでしょ?と笑った友人。
一人は、自身のうつ症状を、以前私に打ち明けてくれたことのある友人。

私には、十分すぎる。
私を支えてくれた、人たち。


4ヶ月。
私が見た限り。

面会者が一度も来なかったという方は、結構多くいた。

例えば、
息子が面会しに来ることを、ずっと待っていた方。
遠く離れた場所にいる家族の面会を諦めていた方。
自分に家族はなく、面会には誰も来ないという方。
自分を閉じ込めた母は、来るわけがないという方。

理由は様々。

それが寂しいとか、それがどうだとか、そんな話はしないが、

閉鎖病棟で共に過ごしていると、今まで、まるで違う環境で生きてきたような方でも、不思議と仲良くなれるものだった。
思えば、割と普通の会話をしていたな?という記憶がある。

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カヨノ ミオ(kayono)
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