「自動延長」という発明(前編)
オンラインオークションには入札期限がある
オンラインオークションでは出品時に入札期限を設定する。ヤフオク!に出品したことがある人はよく知っているだろう。例えば日にちと時間帯を「7月31日21時」というように選ぶと、システムが自動的に「分」を割り振って、オークションの終了時刻が「21時43分」のように決まる。ところが実際には、オークションがこの時刻に終わるとは限らない。出品者がなんらかの事情で入札を予定よりも早く締め切る(早期終了する)可能性が理由のひとつ。そしてもうひとつの理由として出品者が「自動延長」を設定し、入札期限が延びて元々の終了時刻よりもあとにオークションが終わる場合がある。ヤフオク!の例では、オークションの終了5分前以降に新たな入札があると、入札期限が自動的に5分延びる。
入札期限が自動的に延びる「自動延長」ルール
「自動延長」という仕組みを発明したのは米アマゾン(Amazon.com)だ。アマゾンは1999年3月30日付けのプレスリリースでオークション・サービスの開始を高らかに宣言した。プレスリリースのなかでジェフ・ベゾスは、アマゾンがオンラインで最大級の顧客グループを抱えている事実を未来の売手にアピールすると同時に、顧客たちには「初めて落札された方全員に10ドル分のアマゾンギフト券をプレゼントする」という気前の良さも見せた。参加者が少なければオークションは成立しないのだ。そしてこのオークションは入札期限が自動的に延びる方式だった。
入札期限が延びる。こう聞くと変な仕組みだと感じるかもしれないが、ファインアートなどを売りに出す伝統的なオークションはまさにこうだ。(オークション理論ではこのような伝統的なオークションを競り上げ式、英国式などと呼ぶ。)会場内に人を集めて行なうオークションは入札を時間で区切るのではなく、競り合いが終わるまで続く。つまりこの発明によってオンラインオークションは「オフライン」方式に近づいたのだと言える。
オンラインオークションの雄であるイーベイ(eBay)は自動延長の仕組みを採用しておらず、そのせいでイーベイ・オークションは至る所に「スナイパー(狙撃手)」が潜む危険地帯になってしまっていた。スナイパーはオークションの終了間際を狙って入札する「スナイピング(狙い撃ち)」を基本戦略として用いる入札者を指す言葉だ。1999年当時はまだオンラインサーバーの処理能力が今ほど高くなく、短い時間に入札が集中すると取引が正常に処理されない危険があった。イーベイも自身のウェブサイトでスナイピングがリスキーな戦略だと警告していた。「自動延長」のオークションはスナイピングの効果を削ぐため、アマゾンはオークションからスナイパーを追い出すことにかなり成功した。(アマゾンはその後、B2CやC2Cの取引の場としてアマゾン・マーケットプレイスを整備したが、オンラインオークションからは撤退した。)
自動延長ルールをヤフーが導入
前年に米国でオークションのサービスを開始していたヤフー(Yahoo!)は1999年9月28日に日本でもサービスを開始した。オークションの後発組だったヤフーはもちろんこの時点でアマゾンの「発明」を知っており、自身のサービスにもこれを取り入れた。それだけでなくヤフーはシステム設計にひと工夫を加えた。自動延長を設定するかどうか、売手が選べるようにしたのだ。これはアマゾンとイーベイの「良いとこどり」の仕組みだと言える。
ひょっとすると、ヤフオク!では終了間際に入札すると自動的に締め切りが延びると思っている人が多いかもしれない。確かにそう思えるほど、ほとんどのオークションには自動延長が設定されている。自動延長を設定する出品者はそもそも多数派だったのだが、2009年を境にして、出品者が自動延長を設定する傾向が強まったように思う。
契機となったのは出品画面のマイナーチェンジだ。自動延長を設定するかどうかについて、2009年以前は「自動延長なし」が初期設定だったのに対し、それ以降は「自動延長あり」が初期設定に変わった。参考として、出品者の選択が変わったことを示す例を1つ挙げよう(図)。ヤフオク!で「ニンテンドーDS」を売りに出したオークションを対象としたデータを見ると、2008年(7月、8月の2か月間)は全体の80%が自動延長を設定したオークションだったのに対し、2011年(3月の1か月間)にはこの比率が9割を超えている。
自動延長あり・なしをえらんだオークションの割合。2009年の仕様変更後に、自動延長を設定するオークションの割合が増えている。(出典 T. Tsuchihashi (2012, p. 592) "Sequential Internet auctions with different ending rules," Journal of Economic Behavior & Organization, 81(2), pp. 583--598.)
(後編につづく)
ぜひこちらもどうぞ。
(2021年7月27日に Hatena Blog に掲載した記事を加筆・修正しました。)