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透明度100メートルのシルフラ、アイスランド(2018年12月)

夏。その日のダイビングを終え、ダイビングショップの休憩スペースに置いてあったダイビング雑誌を何気なくパラパラとめくっていると、アイスランドの文字が目に飛び込んできた。

アイスランド? 北極圏に近い、あの北欧の国のアイスランド? スキューバダイビングは熱帯か亜熱帯の海で楽しむものという先入観があっので、完全に意表を突かれた。

見開きページの写真の中で、エメラルドの水中に潜る女性ダイバーが全身に黄色い光を浴びていた。写真からも透明度の高さがうかがえるが、記事によれば果たして100メートルの透明度を誇るというのだから驚きだ。普段のダイビングでは透明度が25メートルもあればかなり澄んでいる方である。

シルフラというこのスポットは海ではなく、氷河から溶け出した水が「大地の裂け目」に溜まってできた湖であるらしい。これまでに淡水ダイビングが未経験だったこともあり、いつかシルフラで潜ってみたいと心に決めたのだった。

それから4か月後、初めてのアイスランド旅行は思いの外、早くに実現した。氷河の洞窟や大小の滝、温泉など観光資源が豊富なアイスランドだが、今回の目的地は何をおいてもシンクヴェトリル国立公園にあるシルフルだ。なんとしてもここで潜ってみたい。

透明度100メートルは伊達ではない。視界を遮る不純物が何もない。

アイスランドの首都レイキャビクに到着すると、早速、現地のツアー会社にシルフラ・ダイビングを申し込むことにした。英語のウェブサイトに氏名、宿泊先などの必要事項を入力していく。ダイビングのライセンスについての項目まで進んだところではたと手が止まった。そこには注意事項としてこんな一文があったのだ。

「ダイビングにはドライスーツ・ライセンスが必要です」

ドライスーツ・ライセンス……ってなんだ?

もちろん、私だって常時2℃程度という水の中にウェットスーツで潜ると思っていたわけではない。ただ、ダイビングスーツの種類が何であれ、自分のライセンスで潜れると信じていたのだ。まさか、ドライスーツ用のライセンスが存在するなどとは思いもしなかったのである。

初めて私が読んだ範囲では、シルフラで潜った人たちのブログ記事にもドライスーツ・ライセンスの話はなかったと思う。ひょっとすると、最近になって規約が変わったのかも知れない。いずれにせよ、ツアー会社のウェブサイトを事前に確認しなかったのは、他ならぬ私自分の落ち度である。

ダイビングは諦めるしかなかった。が、ここまで来てただ指をくわえているのは余りにも落胆が大きい。

トップページを見ると、シルフラではシュノーケリングもできるようだった。こちらもドライスーツ着用は同じだが、ライセンス不要のアクティビティである。よし、今回はシュノーケリングにしよう。本心を言えば不承不承といった感じなのだが、改めてシュノーケリングを申し込んだのだった。

当日はまだ夜も明けない早朝にレイキャビク中心地に集合した。夜も明けないとは言え、時刻はすでに午前8時である。12月のこの時期、高緯度のアイスランドでは10時を過ぎないと太陽が昇らないのだ。今日はシュノーケル以外にもいくつかの観光スポットを見て回る予定なのだった。

シルフラはレイキャビクから車で40分ほどである。更衣室などはなく、ワゴン車の内外で着替えを済ませる。ドライスーツは名前の通り、スーツの内側をドライに保てるので、服を着たまま水中に潜ることができる。ただし顔だけはスーツの外である。マスク、スノーケル、フィンを装着して水に浮かぶ。

水温はおよそ2度。写真で見ると黒一色の水面はいかにも寒そうだが、実際に水は凍える冷たさだ。

スキューバダイビングは「パディ・システム」といって、最低でも2人1組がユニットを組んで水中に潜る。安全面を考慮しているのである。シュノーケリングは基本的に水面を浮かんでいるだけなので、パディ・システムとは無縁だ。各自で自由に水面を漂うのである。

私の付近に漂うシュノーケラー

ドライスーツ越しでも水の冷たさは感じるのだが、思い切って水中に顔を突っ込んでみた。水の中は信じられないほど澄んでいた。澄んでいるというか、青さに驚いた。

普通、海でダイビングすると、水深5メートルもない浅い場所では、水は青いわけでなくただ透明なだけで、もっと深く潜ると今度は光の加減で青というより藍色か、あるいは紺に見える。色が濃いのだ。ところがシルフラはまるでマスクにブルーのセロファンを貼ったように視界が青いのだった。これには驚いた。

もう1つ、普段のスキューバダイビングと違うのは視界になんの生き物も入ってこないということである。魚好きにはさぞがっかりの光景だろう。けれども、どちらかと言えば魚に興味のない私にとって、視界を遮る物がなにもないというこの光景は妙に神秘的に感じられるものだった。この光景に感動しつつも、深く潜ってみたいという気持ちが抑えきれなかった。ただし、夏の時期には藻類などが発生して、また水中の雰囲気が少し違うらしい。

透明度が高いので目測だと深さがよく分からない。15メートルといったところか。

およそ40分ほどシュノーケリングを楽しむと、ワゴン車がかたまる駐車エリア付近から地上へ上がった。いつまでも水中を見ていたい、ということは全然なく、あまりの寒さに早く水から出たいと思っていたところだったのでちょうどよかった。ツアーのスタッフが参加者に熱いココアを振る舞ってくれた。

手前の青いワゴン車が私の参加したツアーの送迎車。ほかにも何台かの車が集まっていた。

普段、スキューバダイビングをした後で、またここで潜りたい! と思うことはめったにない。今回のシルフラではダイビングができなかったことも大きな理由だろうが、なんであれ、今度はドライスーツのライセンスを携えてここに戻ってきたいと強く思う。

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