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#21 『星の海』
星の海
夜の闇に包まれた小さな島、星降島(ほしふるしま)。その名の通り、この場所では星々が手を伸ばせば掴めそうなほど、空一面に広がっている。カナタがこの島に来たのは、ほんの数週間前。都会の喧騒から逃れるようにして移り住んだが、彼の心にはまだ新しい環境への不安が渦巻いていた。
その日も、カナタは学校が終わると丘の上へ向かった。風に揺れる草のざわめきと、かすかに聞こえる波の音だけが彼を包み込む。視線を上げると、遠くの空に一番星が瞬いていた。
「一人で星を見に来たの?」
不意に後ろから声がした。振り返ると、そこにはカジュアルな服装の少女が立っていた。明るい茶色の髪が夜風に揺れ、その瞳は星空と同じくらい輝いている。
「ノエルっていうの。あなた、新しく島に来た子でしょ?」
彼女は微笑みながら自己紹介をした。カナタは少し戸惑いながらも、自分の名前を名乗った。
「カナタか。いい名前だね。星みたい。」
そう言いながら、ノエルはカナタの隣に腰を下ろした。
ノエルは島の伝承について話し始めた。この島では、星は「記憶の器」とされており、大切な思い出を星に託すことで、永遠に守られると言われている。彼女は亡くなった祖母からその伝承を教わり、今でもその言葉を信じているのだという。
「星に思い出を託すって、なんだかロマンチックだよね。」
ノエルの言葉に、カナタは小さく頷いた。都会での生活の中で、彼は忙しさに追われ、大切なものを見失いかけていた。その思い出が、今になって彼の胸を締め付けていた。
「君も星に何かを託したことがあるの?」
カナタの問いに、ノエルは少しだけ考え込んだ後、首にかけているペンダントを見せた。それは祖母から受け継いだもので、星を模した小さな石がついていた。
「これは、私のおばあちゃんとの思い出を守ってくれる星なんだって。おばあちゃんがそう言ってたの。」
その言葉に込められた静かな情熱が、カナタの心に響いた。
次の日、ノエルはカナタを島の中央にある古い天文台へと案内した。長い間使われていないその場所は、かつて島民たちが星の観測を行っていた場所だ。薄暗い部屋の中には、埃をかぶった星座図や古びた望遠鏡が残されていた。
「ここが私のお気に入りの場所。」
ノエルは天井に開いた窓を指差した。そこからは夜空が切り取られたように見える。
「ねえ、カナタ。君も何か大切な思い出を星に託してみない?」
その提案に、カナタは少し驚いたような顔をしたが、やがて頷いた。ノエルが星の地図を広げると、そこには島の各地に記された「記憶の場所」が描かれていた。二人は地図を頼りに、その場所を巡る旅を始めることにした。
島のあちこちを巡る中で、カナタは少しずつ自分の心と向き合うようになっていった。都会での日々、忙しさにかまけて家族との時間を犠牲にしてきたことへの後悔。そして、もっと素直に家族と向き合うべきだったという思い。
ある夜、満天の星空の下で、カナタはノエルにその気持ちを打ち明けた。ノエルは静かに聞きながら、「それもきっと星が守ってくれるよ」と優しく微笑んだ。
二人は天文台に戻り、カナタは星に願いを託した。「もう一度、家族とちゃんと向き合えますように。」その瞬間、ノエルのペンダントが夜空の光を受けて輝き出した。
その後、カナタは島の生活に馴染み、ノエルとともに星の伝承を新しい形で語り継ぐ活動を始めた。星の地図に描かれた記憶の場所を巡るツアーを企画し、訪れる人々に島の美しさと星の物語を伝えていく。
星の海は、これからも二人と島の人々の心を繋ぎ続けていく。
「星は記憶の器。そう考えると、夜空を見上げるのが楽しくなるよね。」
ノエルの言葉に、カナタは微笑みながら頷いた。そして、満天の星空を見上げながら、彼らの新たな物語が始まるのだった。
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