#7 『心の声』
心の声
冷たい雨が降る夕暮れ、静かなカフェの窓際で、ひとりの女性がノートを見つめていた。名前は未央(みお)。都会の雑踏に飲まれ、仕事の忙しさに追われて、自分が何を求めているのかさえ分からなくなっていた。ここ数年、心の奥底で何かが詰まっているような感覚に苛まれている。
その日、未央はいつものようにカフェで時間を潰していた。手に持つのは見知らぬ誰かが置き忘れた古びたノート。ページをめくると、そこには素朴で温かい詩が並んでいた。
未央は思わずその言葉に引き込まれた。ページをめくるたびに、誰かの心の痛みや希望が静かに語りかけてくる。それはまるで、未央自身が感じていた孤独や悩みを代弁するようだった。
ノートの最後のページにはこう書かれていた。
それが何を意味するのか、未央には分からなかった。だが、その言葉に突き動かされ、ノートの持ち主を探すことにした。
次の日、未央はノートを抱え、いつも通る街を歩いた。カフェ、図書館、公園――詩に描かれている場所を巡りながら、手がかりを探した。誰に話しかけても、ノートの持ち主を知る人はいなかったが、彼女の中には少しずつ変化が生まれていた。
他人と話すことが億劫だった未央は、見知らぬ人々と自然に言葉を交わすようになった。カフェの店員が笑顔で「また来てくださいね」と声をかけてくれると、彼女も笑顔を返すようになった。
数日後、公園のベンチに座るひとりの青年が目に入った。膝の上には未央が持っているのと同じデザインのノートがあった。
「もしかして、これ……あなたのですか?」未央はおずおずと尋ねた。
青年は驚いたように顔を上げ、ノートを受け取ると、懐かしむようにそれを見つめた。
「ありがとう……。このノートは、僕の心の声みたいなものなんです。」
彼の名前は涼介(りょうすけ)。詩を通じて自分の気持ちを整理し、孤独を和らげていたのだという。
「でも、どうしてこれを?」
未央は答えた。
「私も、心の声を聞くのを忘れていたから。」
二人はそこで短い会話を交わし、やがて別れた。しかしその日から、未央の世界は少しずつ変わっていった。
数週間後、未央は再びそのカフェを訪れた。手には自分が買った新しいノートがあった。今度は、そこに自分の心の声を書き留めるために。
雨が上がった窓の外、街の明かりが静かに瞬いている。彼女はペンを取り、一言目を書いた。
短いが、温かい物語の始まりだった。
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