#8 『INCIDENT』
INCIDENT
リナが残業を終えた頃、オフィスは静まり返り、街も深い眠りについていた。隣室から響く奇妙な音が彼女を不安にさせる。それは物が倒れるような音と、低く押し殺した声。気のせいだと自分に言い聞かせ、書類を片付けようとしたが、音は次第に激しさを増していった。
意を決して隣室のドアをノックしようとしたその時、停電が起こり、ビル全体が闇に包まれる。スマートフォンの光だけを頼りに避難階段を下りると、急ぎ足で駆け上がる影と鉢合わせた。男だ。額には血が滲み、肩で荒い息をしている。
「ここを出るんだ。急いで!」
そう言うなり、男はリナの手を引き、非常口へ向かう。しかし、背後から何者かが迫る気配に男は立ち止まり、リナを振り返った。
「これ以上、関わるな。それと……忘れるなよ、今夜のことを。」
言葉の意味を理解する間もなく、彼は闇へと消えた。
翌朝、ニュースはそのビルでの不可解な事件を報じていたが、彼女が遭遇した男のことは一切触れられていなかった。記憶が混乱する中、彼の最後の言葉だけが頭から離れない。「忘れるな」と。
再びあのビルを訪れたリナは、全てが片付けられたような異様な静けさに包まれた隣室を見つけた。その床に一枚の紙切れが落ちている。震える手で拾い上げると、そこには彼女の名前と、短いメッセージが記されていた。
「すべてを見た君へ。また会おう。」
その瞬間、彼女の背筋に冷たいものが走った――そして気づく。真夜中の出来事は、終わっていないのだと。
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