#13 『Pandemic with Virus』
Pandemic with Virus
夜が深まり、静寂が街を包む。路地裏には誰もおらず、遠くで救急車のサイレンが響いている。アオイは小さな部屋の片隅に座り、古びたカセットデッキの再生ボタンを押した。スピーカーから流れる音楽は、彼女の孤独な心を優しく包み込むようだった。それは「Pandemic with Virus」という匿名の配信者が作った音楽。画面越しの彼の言葉は短い。
「これを聴いてくれている君へ――夜の静寂に溶ける音を届けたい。どこにいても、君は一人じゃない。」
その言葉に、アオイは何度も救われた。失業し、友人とも疎遠になり、部屋に閉じこもる日々。アクセサリー作りが唯一の収入源だったが、それも細々としたものだ。明日への希望は薄れ、ただ音楽だけが彼女を繋ぎとめていた。
ある夜、アオイは勇気を振り絞り、彼にメールを送ることを決めた。言葉を何度も書き直し、消して、やっと短い一文を送信した。
「あなたの音楽が、私を救ってくれました。ありがとう。」
送信ボタンを押した瞬間、彼女は胸が張り裂けるような不安と期待に苛まれた。その夜、彼女は眠れなかった。
一方、タクミは小さな部屋の中でギターを抱えながら、送られてきたメールを読んでいた。画面に映る「ありがとう」の言葉が、彼の心に深く染み渡る。
「誰かに届いていたんだな…」
彼は独り言を呟き、ギターの弦を弾き始めた。窓の外には誰もいない街が広がり、冷たい風がビルの隙間を吹き抜けている。だが、その静けさの中で、タクミは新しい音を紡いでいた。
翌日の配信で、彼は特別な曲を流した。アオイに捧げる曲だった。彼女のためだけに書いたメロディーには、孤独や不安、そしてその先にある希望が込められていた。配信の最後に、タクミは短く語った。
「君の言葉が僕を救った。この音が届くことを祈っています。」
アオイはその夜、いつも通り配信を聴いていた。だが、流れてきたメロディーはいつもと違った。彼の音楽は、まるで彼女の心を見透かすかのように、優しく力強かった。
涙が頬を伝う。彼女は窓を開け、夜の風を感じた。その先にタクミがいることを知らず、ただ夜空を見上げた。そして、彼女の部屋のカセットデッキから流れる音楽が、暗闇に小さな光を灯した。
遠く離れた街の片隅で、タクミもまた窓を開けて空を見上げていた。二人は決して出会うことはない。だが、その音楽が二人を繋ぎ、見えない絆を紡いでいた。
「Pandemic with Virus」――それはただの音楽配信ではなかった。孤独な夜に生まれた小さな灯火。
誰かに届くことを信じて、彼はまたギターを手に取る。音は再び紡がれ、世界のどこかで誰かの心を温めるのだった。
『時のカケラ』好評配信中!
TuneCoreクリエイターズ
Toshi Maruhashiの楽曲が無料BGMとしてご利用いただけます!
ダウンロードはこちらから