#14 『Alone Work』
『Alone Work』
モニターの明かりが薄暗い部屋を青く染める。篠原悠はキーボードを叩き続けていた。響くのはクリック音と換気扇の低いうなり声。それ以外、何もない。
午前1時。窓の外は黒い布をかぶせたように静まり返っている。近くのビルの明かりがぽつりぽつりと残っているが、それも遠く感じた。
不意に、パソコンの隅に通知が現れた。見知らぬ名前。内容は短い。
馬鹿げている、と思いながらも、指は動かず画面を凝視していた。何かが胸をざわつかせた。
気がつけば、窓の鍵を回していた。ひんやりとした風が頬を撫で、カーテンが揺れる。
その時だった。どこか遠くから、かすかな旋律が耳に届いた。
ピアノの音。
不思議なことに、その音は悠を引き寄せた。音楽なんて興味がなかったはずなのに。翌日、彼はその音を辿り、街を彷徨うことになる。
夜の路地を抜けた先、古びた階段が見えた。上から微かにピアノの音が漏れている。
重い扉を押し開けると、そこは小さなカフェだった。奥に、アップライトピアノがひっそりと鎮座している。その前に、短い黒髪の女性が座っていた。
振り返った彼女の瞳は柔らかく、けれど芯のある光を宿していた。
「…音、聞こえてましたか?」
それだけだった。けれど、彼女の声にはどこか懐かしい響きがあった。
その日を境に、悠はそのカフェを訪れるようになった。無言の時間も多かったが、不思議と居心地がよかった。彼女の名は春菜。彼女もまた、孤独と向き合う夜を過ごしていたらしい。
ピアノの音は時に鋭く、時に穏やかだった。音楽に包まれるその空間で、悠はかつて忘れていた感情を思い出していた。
誰かがいることの、ささやかな安心。
そして、また窓の外へ目を向けることの意味を。
夜は深いが、もうそれほど冷たく感じなかった。
『時のカケラ』好評配信中!
TuneCoreクリエイターズ
Toshi Maruhashiの楽曲が無料BGMとしてご利用いただけます!
ダウンロードはこちらから