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#1 『Melting Pudding』

『Melting Pudding』

僕がそのプリンを食べたのは、旅の途中でふらりと立ち寄った小さな喫茶店でのことだ。正確に言うと、食べるしかなかったというべきかもしれない。その店にはそれしかメニューがなかったのだから。

カウンターの向こうで退屈そうに新聞を読んでいた店主は、僕が扉を開けた瞬間にまるで計算していたかのようにプリンを用意し始めた。「座って待っていなさい。特別にとっておきを出すよ」と彼は言った。

出てきたプリンは、驚くほど小さかった。小さな白い皿にちょこんと乗ったそれは、どこか滑稽なほど不釣り合いだったが、見た瞬間に「これが僕の人生に必要だったものだ」と確信した。

スプーンを手に取り、ひと口。途端に、僕の中で何かが静かに解け始めた。それは甘さや味わいの問題ではない。僕の記憶の奥深くにある「断片」のようなものが、プリンの溶けるリズムに合わせて浮かび上がってきたのだ。

僕がまだ子どもだった頃、祖母と過ごした夏の日。夕立の後に涼しくなった縁側で、祖母が「時間というのはプリンみたいなものだ」と言ったのを覚えている。形があるようでなく、確かめようとするといつの間にか溶けてしまうもの。それを大事に味わうしかない。

気づくと、目の前のプリンはきれいになくなっていた。店主はカウンター越しに僕をじっと見て微笑んだ。「それでいいんだ。プリンは、そういうものだよ」と彼は言った。その言葉の意味を正確に理解できたわけではない。でも、その夜、僕はどこかほっとした気分で眠りについた。

次の日、その店を探してみたが、どれだけ歩いても見つからなかった。まるで、最初からそこには存在しなかったかのように。

僕は時々思い出す。その小さなプリンの甘さと、溶けていく記憶の感触を。時間というものが形を持たない以上、それをどう扱うかは僕たち自身にかかっているのだろう。そして、たまにはプリンのように甘い時間を味わうのも悪くない。


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