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#6 『逃走中』

逃走中 – 誰も知らない夜の物語

深夜3時。都会のビル群の隙間を縫うように、青年が走っていた。黒いフード、無造作に結ばれたスニーカーの紐。手には薄い紙袋が握られている。ヘリコプターのライトが上空を巡り、無数の車両が遠巻きに迫ってくる音が聞こえる。

数時間前、リクは喧騒が沈むカフェで一人の男と向き合っていた。冷えたコーヒーを前に、男は低い声で言った。
「君には無理だよ」
「それでもやる。誰かがやらなきゃ」
テーブルの下で手渡された封の施された袋。その中身を聞く余裕はなく、男は席を立つと振り返ることなく去っていった。

今、リクの全身は疲労で悲鳴を上げている。それでも足は止まらない。彼が工事中のビルに身を滑り込んだその瞬間、聞き慣れた声が響いた。
「リク!」
幼馴染のサヤがそこにいた。彼女もまた息を切らし、目を見開いている。
「どうしてこんなことしてるの?」
「全部終わったら話す」
サヤは沈黙し、やがて小さくうなずいた。「わかった。でも……無事に帰ってきて」

夜明け前、街の外れにある廃工場。袋を追う追跡者たちが迫る中、リクはついに袋の中身を取り出した。それは一枚の手書きの設計図だった。彼は急いでスマホで写真を撮り、暗号化してネットに送信する。
「やった……」
その直後、足音とともに銃声が鳴り響く。だが、リクは肩越しに振り返りながら静かに笑った。サヤが立ちはだかっている。手にはカバンを抱え、毅然とした表情を浮かべていた。
「もう遅いわ。全部終わった」

朝日が昇るころ、リクは廃工場の隅で眠りについていた。袋は空っぽだが、彼の表情には穏やかな安堵が漂っている。都会の朝に混ざるその静けさは、誰にも気づかれないまま、どこか遠くへと消えていった。

夜の終わりとともに、小さな一歩が新しい朝を開いていた。


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