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No.14

「私はあなたの無意識の一部であり、その善意に満ちた部分であり、あなたを助け、あなたが眠っているときですら見守っている。私はあなたに一つのことだけを要求する。すなわち、私を認識することだ」

タロットの宇宙 by アレハンドロ・ホドロフスキー
14番の守護天使のページから抜粋。

デイサービスをやめようと思ったのは、月曜日のSさんに「河村さんはまだ若いんだからそろそろ自分の場所(仕事)に戻ったら?」と言われたのが始まり。そんなこと今まで絶対言わなかったのに、なんで?と思ったし、そういえば最近のSさんは機嫌がすぐ悪くなるよな、とも思った。彼女の20年来の相棒、優しいお嬢で、ボランティアスタッフ最年長のOさんに対する当たりがきついのも気になっていた。そういう場面を見ると落ち込んだけど、なるべく見ないように、深刻に考えないようにしていた。Sさんのことを嫌いになりたくなかった。会う度に「そろそろやめたら?」と言われるようになって、さすがに私もイラついて、ひょっとしたら(彼女よりも若くて仕事のできる)私がやればやるほど、(私はみんなのリーダーである)という彼女の自尊心を脅やかしていたのかもしれないと思うようになった。
彼女たちのミス、例えば食器の消毒ができていない、盛り付けが汚い、トレーに水がついたまま、などなどについて、社員から注意されることが増えていたのは確かだった。Sさんたちがいない時に、これは誰が担当したのか聞かれる度、私はどんどん完璧主義になっていった。ミスしなければ社員にチェックされない。私がカバーできることはするから、彼女たちとずっと一緒に働きたかった。そしてあるあるだけど、私がどんどん社員のように、足の悪いSさんや耳の遠くなったOさんたちの動きを厳しくチェックするようになっていく。
実際は社員に誰が担当したかチクっているにも関わらず、Sさんたちを庇っている感覚と、私が年下だから、相手が高齢で他に働く場所のない社会的弱者だから、私だけが常に何かを我慢してる感覚が大きくなっていった。我慢している時はあかん。被害者意識でいるなら何かが間違っている。そして私はシフトを変えてもらった。Sさんのために、月曜日からは手を引くことにしたのだ。これは年明けごろの話。中年女のよくある話。

春になってから、毎週のようにVinyl 8をやったおかげで、私のいろんな思い込みに気づく瞬間がいっぱいあった。思い込みに気づいたら、ふとドキュメンタリー映画が撮りたいと思い始めて、そしたらガチで有名な映画監督がデイサービスにスタッフとしてやってきた。その時にたぶん何かが変わったのだと思う。
研修期間が終わった彼がデイサービスをやめると言った時、映画のために働いていたのだとわかった。愛している場所に戻るために働いていたのだとわかった。その時に感じた苦味のある感情と人生初のぎっくり腰でやっとわかった。
タロットを引く。14番の節制が出て、やっぱりかと思う。私がやめたかったんだ。私には帰る場所があり、やるべきことがあるのに、そこから逃げてる罪悪感を燃料にしてダラダラ続けていたから、Sさんが教えてくれたのだ。そうだった。Sさんはいつも熱いお茶を三つのコップに分けて、わざわざ切りにくい安物ラップを切っては丁寧にかけてくれて、冷蔵庫で冷やしてくれていた。全ての仕事が終わってから飲むそのお茶のうまかったこと。いつからか、それがなくなったのも、私に対する意地悪じゃなくて、私の無意識が引き起こした現象だったのかもしれない。私が抜けた今は、絶対復活してるはず。相棒のOさんと二人で冷たくて美味しいねって飲んでるはずだ。帰る時は必ずSさんが先に出て、みんなの靴を並べてくれて、笑う笑顔が可愛いくて、仕事に一生懸命で、熱い人だった。いろいろごめんねSさん。Oさんもごめんなさい。

ぎっくり腰がよくなって、やめたいと伝えたのは先月で、そこからがあっという間だった。
たしか来月で87歳になるMさん、30代の社員よりもフットワークの軽いおしゃれなMさんに「河村さん来週が最後だよね。パーティーしなくちゃね」と帰り道で言われて「それはもう、私が企画しますよ〜!」と返して、笑ってバイバイしたのだが、一瞬あの時、みんなで温泉旅行に行きたい気持ちが湧いた。行くなら私のおごりで行きたいとも思った。超盛り上がるか、めっちゃ疲れるか、一番下っ端の立場で行くことがあまりないから、だるいと言えばだるいけど、みんなと会える時間を考えると切ない。

でもあの場所に一年もいると、不思議なもんで一緒に働くスタッフだけ高齢者じゃなくなっていく。まるで同い年の友達みたいに見える。顔や手のしわも見えてるし、白髪も見えてるけど、心の眼ではまったく見えていないみたいな感覚。それはひとえに、彼女たちが自分自身を弱者だとは微塵も思っていないからだ。
前のデイサービスで、パワハラ社員男と意地悪看護師のばばあから受け取った高齢者についての観念がすっかり消えた。このご褒美は私が求めて信じて動いた結果だとも思ってる。

やっと再開したTOTE (笑)。店としての動きが自由過ぎると友達に褒められて調子に乗っていたら、すっかりやり方を忘れるほど時間が経っていた。
ネットで購入した土台にはマチがついているのが嫌で、面倒だが裏返して三角に縫われているところを抜糸する。それから洗濯機で水洗いしアイロンをかけて跡を消す。途方もない時間を費やして土台ができる。ここまではコロナ禍に終わっていた。
当時の私は突然ホドロフスキーのタロットにはまり、代わりにトート完成に向けた情熱が消えてしまってやめた。ごめんなさいと思いつつも継続できなかった。情熱が湧いてこない、旬を逃した仕事はやめた方がいいと思っているからで、これはタロットをやる前から持っていた私の信念だ。いまだにキープして抱えているのは、ちょっとだけ執着かもしれない。

シルバーのインクは初だった。印刷直後はただのグレーだが、乾くとやっと少しラメってキラキラしてる風になる(笑)。でも微妙すぎて写真では絶対わからない。シルバーだと先に伝えることで、お客さんにも見えなかったラメが見えてくると思うし、好きな人だったら可愛いと感じてもらえるかもしれない。私としてはそこそこ気に入ってる。ちょっと若いけど使えるはず。

シルバーやで