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『日本一のワルノリ男』(1970年12月31日・渡辺プロ・坪島孝)

深夜の娯楽映画研究所シアターは、東宝クレージー映画全30作(プラスα)連続視聴。

28『日本一のワルノリ男』(1970年12月31日・渡辺プロ・坪島孝)

昭和45(1970)年、3本目のクレージー映画。坪島孝監督が初めて「日本一の男」シリーズを手がけた第9作『日本一のワルノリ男』(12月31日)をスクリーン投影。トップクレジットに「製作・渡辺プロダクション 協力・ジャックプロダクション」と出る。ジャック・プロダクションは田波靖男さんが脚本家・小川英さんと設立したプロダクション。クレージー映画ではあるが、植木等さんと加藤茶さんのダブル主演、谷啓さんの助演なので、当時は「クレイジーVSドリフ」映画のイメージが強かった。

本作も東宝は配給のみ。つまり、この後に東宝のプログラムピクチャーを支える勝プロダクションや石原プロモーション作品同様、外注作品ということになる。上映権、放映権は渡辺プロダクションであり、いまだにソフト化されていないが、チャンスがあれば可能だろう。

同時上映も渡辺プロ作品で、堺正章主演の『喜劇 右むけェ左!』(前田陽一)。こちらには犬塚弘さん、小松政夫さん、いかりや長介さんも出演。なのでより「クレイジーVSドリフ」映画二本立てという感じだった。この映画が封切られた1970年の大晦日、第12回「日本レコード大賞」が開催された。大賞は菅原洋一さんの「今日でお別れ」、最優秀新人賞は「もう恋なのか」でにしきのあきらさん、大衆賞には「ドリフのズンドコ節」でザ・ドリフターズ「命預けます」で藤圭子さん。そして新人賞には、渡辺プロ期待の新星・辺見マリさんも「経験」で受賞。そういう年だった。

なので『日本一のワルノリ男』には、辺見マリさんがフィーチャーされて、劇中に「経験」が流れ、新曲「男の部屋」(作詞:安井かずみ 作曲:鈴木淳)をナイトクラブで披露するシーンもある。

ポスターヴィジュアル

クレイジーキャッツの植木等さんと、ザ・ドリフターズの加藤茶さんのコンビ作は、現在の感覚でいうとかなりのキラー・コンテンツ。しかし当時は、ドリフ人気に押されたクレイジーもついに…みたいな感覚でもあった。しかも本作は、昔からのクレージー映画ファンには、さまざまな「違和感」を感じさせた。

ズーズー弁のローカリズムと下ネタの数々に、である。植木さんがずっとズーズー弁の田舎教師だし、トルコ嬢のヒモになるし、下剤ギャグは満載だし、カトちゃんの「うんこちんちん」ギャグのオンパレードだし… というわけで、僕も初見は小学生だったが「ああ、こんなことしてちゃダメ!」と思った。で、改めて見直すと、色々と発見もあり、その「違和感」は作り手の意図だったことに気づいた。

さて、本作のヒロインは『日本一の裏切り男』(1968年・須川栄三)以来、久しぶりとなる浜美枝さん。ウーマンリブの時代にふさわしく、トイレメーカーの世界陶器)専務で「女性上位時代」を強調するキャリアウーマン(本当は社長令嬢)。浜美枝さんにとって、これが最後のクレージー映画となったが、ファッショナブルで、(カトちゃん的に言えば)なかなか「カッコイイ!」。そして東宝フレッシュアイドルとして60年代後半、活躍してきた内藤洋子さん。『クレージーの殴り込み清水港』(1970年・坪島孝)に続いての登場だが、ザ・ランチャーズの喜多嶋修さんと電撃結婚、本作を最後に芸能界を引退してしまう。彼女にとってもラスト作品となった。

もう一人、フジテレビ「ビート・ポップス」のカバーガールとして人気となり、歌手としても活躍していたタレント、小山ルミさん!実にキュートで作品のアクセントになっている。ちょうどこの頃、カトちゃんとの交際が週刊誌を賑わしていた。声だけ聞いていると、現在のサヘル・ローズさんとよく似ている。

さて『ニッポン無責任時代』から編年体で東宝クレージー映画を観てくると、1960年代末から70年代にかけての時代の急転換、クレイジー人気の凋落を体感することができる。他人の思惑など考えない、徹底的にドライ、都会的でスマートな”無責任男=植木等”のイメージは、ここでは大きく転換してしまった。主人公・日本兵介(ひのもと・へいすけ)は、東北地方の高校の田舎教師。もちろんズーズー弁である。冒頭、保健体育で「性教育」授業のシーンが延々と続くが、「8時だョ!全員集合」「国語算数理科社会」コントのノリ。植木さんのボケに、カトちゃんのツッコミ。演出もカトちゃん寄りなので、なんとも懐かしい雰囲気だが、ああ、これはクレージー映画ではない、という違和感がつきまとう。

フランキー堺とシティスリッカーズ時代から植木さんはステージでズーズー弁のギャグを披露してきた。シティスリッカーズの「ウイリアム・テル序曲」(1954年)でも電話のギャグで「モスモス」とズーズー弁で笑いを取る。ジャズ喫茶時代のクレイジーの十八番「枯葉」ネタでも、植木さんがズーズー弁で笑いを取っていた。なので植木さんのズーズー弁はどうに入っていて、テレビのコントではおかしかった。しかし最初に観た子供のとき、都会的でスマートなイメージの東宝クレージー映画で、このローカリズムは意外というか、かなり違和感があった。

その田舎の下柳高校・出唐子分校の教え子、白坂八郎(加藤茶)や内山佳子(内藤洋子)が卒業、東京のメーカー「世界陶器」へ集団就職。「でがらし駅」ホームの見送りの父兄、そして日本兵介先生。汽車の白坂八郎、内山佳子との別れ。「社会さ出るようになったら、自分の行動には責任を持って、無責任な行動は許されませんよ」と釘を刺す。

ヴィジュアル的に連想するのは、この翌年、4月28日公開の第7作『男はつらいよ 奮闘篇』(1971年・山田洋次)の冒頭、越後広瀬駅で集団就職で上京するc中学卒業生たちと寅さんの別れのシーン。しかも音楽がどちらも山本直純さんなので不思議な既視感がある。

『日本一のワルノリ男』はローカリズムが全面に出された「アナクロな作品」と思いがちだが、実は、この映画が作られた1970年代初め「ディスカバージャパン」ブームが到来。そのきっかけは「男はつらいよ」シリーズの大ヒットでもあった。国鉄が個人旅行客増を目的に、1970年からスタートさせたキャンペーン。なので、そういう意味では、ズーズー弁のワルノリ男は、良くも悪くも「時代を先取り」していた事になる。

スピードポスター

で、爽快なのが、カトちゃんたちを載せた汽車が出発、植木さんがホームを走ってジャンプ「それ!」の掛け声で、ストップモーションとなってタイトル『日本一のワルノリ男』が出る。ここで流れるのが、植木等さんと加藤茶さんとの掛け合いによる主題歌「ワルノリソング」(作詞:田波靖男 作曲:萩原哲晶)。歌詞はストーリーを反映させたものだが、作曲・編曲の萩原哲晶さんのサウンドはドリフの”ビバノン”感覚と、クレイジーソングを巧みに融合させて、なかなか楽しい。特に後半の「ワルノリ ワルノリ とことんノってりゃツキもある〜」「ゴマスリ行進曲」と同じイデオムで展開。「ワルノリ」思想の布教を体感できる(笑)

それからしばらくして、白坂八郎が工場の女子寮に下着泥棒として忍び込み、そのまま、仲間たちを引き連れて集団脱走。世界陶器が困り果てて、高校にクレーム。ならばと、日本兵介が上京。八郎を取り戻すまで「責任を持つ」と勝手に世界陶器総務部へ就職すると宣言。ウーマンリブをバカにされた専務・高野友紀子(浜美枝)は売り言葉に買い言葉で、平介を会社に入れてしまう。

とまあ、展開はいつもの「日本一の男シリーズ」なのだが、ズーズー弁の田舎教師芝居が延々と続くのでナントモハヤである。戦前に大流行したエノケンこと榎本健一さんの「洒落男」の歌詞のように、都会へやってきた田舎者が、カフェーの女給のカモにされて、散々な目に会うという「お上りさんもの」的な作り方に徹している。なので、植木さんのキャラは、いつもの「自分の意思で前進する」爽快なキャラクターではない。むしろ都会のあれこれにいちいち「はぁ」「あれまぁ」と驚く「のんきなとうさん」的なイメージが強い。

そのことを坪島孝監督に話したことがある。坪島監督は「それが狙いだった」とニコニコしていた。ベースにあるのはやはりエノケンの「洒落男」だったのだ! 映画が進むにつれて、その監督の狙いがはっきりしてくるが、まだしばらくはズーズー弁に付き合うことに(笑)

佳子は本社採用となり部長秘書となっていて、都会的でスマートな「カワイコちゃん」に転身している。ちなみに「世界陶器本社」のロケーションは、港区南青山高樹町のフジフィルム本社ビル。『日本一の断絶男』(1969年)のラスト近くに登場する「日本一石油」のビルもここでロケーション。

さて、その夜、日本平介は佳子の案内で、新宿歌舞伎町へ。家出の若者が紛れ込むにはここが一番、ということで新宿に繰り出すわけだが、それまでの東宝映画のナイトライフは、銀座か赤坂だったので新宿というのはトレンドではあるのだが、同時にズーズー弁同様の違和感がある。そこで平介はポン引き・友吉(二瓶正也)に誘われるまま「元禄トルコ」へ! 

トルコ嬢(現在ではソープ嬢だが、ここでは時代の気分ということでそのまま表記)のミチ(山口火奈子)に、スペシャルを持ちかけられも、平介はさっぱりわからない。クレージー映画ではこれまでも『クレージー作戦 くたばれ!無責任』(1963年・坪島孝)、『香港クレージー作戦』(1963年・杉江敏男)とトルコ風呂へ無責任男が行く描写があったが、そこは「明るく楽しい東宝映画」。節度ある描写で、あくまでもレジャー施設、という感じだった。

しかし1970年代、もっと直裁的な描写になっている。かつては「スペシャル」と表現していた個室でのサービスも「やる?」と、あからさまである。この「やらせろ」「やらせない」は、中盤、世界陶器の総務課長・矢沢(人見明)が、このミチの常連客だが、平介に惚れた彼女は本番を拒む。そこで矢沢は憤激するというシーンだが、今見ても「お下劣だなぁ」と思ってしまう。これが東映や日活映画なら、どうということもないが、クレージー映画なのに!と思ってしまう優等生脳(笑)

さてミチは平介の真面目さに惚れ込んで「あたしのヒモにならない?」と彼女のアパートへ転がり込み、洋服も一式、あつらえてもらう。そのスーツを着て、月曜日、平介は世界陶器に出勤する。なんと真っ赤のストライプの生地のダブルのスーツ。ブルーのドレスシャツに派手なネクタイ! この姿で会社の前に立つワルノリ男! この映画で一番、面白いのがこのシーンかもしれない。

『ニッポン無責任時代』(1962年)で平均がウグイス色のスーツを着て登場したインパクト!以来、植木さんの背広は年々エスカレート、ついに真っ赤なダブルのスーツへと進化したのである。

しかし、ここでもズーズー弁。夜はヒモとしてポン引き稼業に忙しいので睡眠不足。会社ではいびきをかいて寝ているだけの平介だが、なんだかんだと仕事を成功させる。で、集団脱走した生徒たちの穴埋めにと工場へ、ミミとその仲間のトルコ嬢20名を送り込んで係長に。新宿のバーでマダムの照子(北あけみ)から「これで訛りがなければ女の子はほっとかないわよ」と言われ、ワルノリ男、ズーズー弁をやめて、スマートな標準語となる。

この瞬間、ようやく僕らの期待しているイメージ通りの「無責任男」のキャラクターになるのだ。ここまでが長いのなんの。でも、これが坪島孝監督の狙いでもあった。「ズーズー弁の植木が、派手な真っ赤なスーツを着ると、いつもの無責任男に変身するおかしさ」のための「田舎教師」だったのだ。

植木等、大前亘、百目窓

ここからは、お馴染みの口八丁、手八丁で、次々と商談を成立させてゆく。宣伝課長となった平介は、トイレのCMキャラクターにトップモデル、三島良重(水上竜子)を口説くため、売れっ子写真家・谷村浩(谷啓)のスタジオへ。ロケーションは、映画やドラマでお馴染み、窓が計100個もある立方体の建築「百目窓」!世田谷区岡本にあった通称「百目」と呼ばれたユニークな住宅である。特撮ファンには『大巨獣ガッパ』(1967年・日活)や、「ウルトラセブン」第12話「遊星より愛をこめて」(1967年)に登場した建物として知られている。

谷啓さん演じるカメラマンは、この時代の典型的な業界人をカリカチュア。おしゃれなスーツに身を包み、色のついたサングラスをかけて、女を口説いてばかり。シャッターを押す瞬間に「シュートする!」と叫ぶのは、古澤憲吾監督の口癖を真似たもの。このシーンのカメラワークのおかしさ!芸術的なアングルで谷啓さんがカメラ目線で「シュートする!」(笑)

改めて見直すと、人気絶頂のカトちゃんのギャグのオンパレードで、汚いものを見るとすぐに吐きそうになる「オエ!」、小学生が真似をした「うんこちんちん」など、幼児性の高い下ネタギャグに、映画全体のムードが引っ張られている。田波脚本は、その「下ネタ」を意図的に汲み込んでいて、それも「トレンド」なのだけど、スマートなクレージー映画が好きな僕たちの「違和感の正体」でもある。

例えば、トップモデル、三島良重に「トイレのありがたさを実感してもらうため」に下剤を酒に入れて飲ませようとするも、彼女の惚れた谷村が「間接キス」と小学生みたいなことを言って飲み干す。そこでお腹がピーとなって、大騒動に。『俺の空だぜ!若大将』(1970年・小谷承靖)でも青大将が同じ目に遭っているが、これもまた「うんこちんちん」感覚の笑いである。

さらに「世はポルノ時代」ということでセックスについての描写や表現もあからさま。トルコ嬢のミミは、平介の前でトップレスとなる。なんていいうことのない描写も、クレージー映画としては「違和感」を感じてしまうのだ。

坪島孝監督の演出は、いつもながらに丁寧で、そうした描写や、時代が求めている「笑い」をきちんと重ねていく。よく見ると「末期だから雑」というわけでもなく、いつもの坪島喜劇なのである。

ラスト、田舎の教師に戻った日本平介が再び、雄蕊と雌蕊の「性教育」をしている。生徒たちの中に「青春シリーズ」凸凹コンビでお馴染みの木村豊幸さんと、矢野間啓治さんがいる。「青春とはなんだ」(1965年・東宝=NTV)の久保と寺田である! この楽屋オチは、この時代しか通用しないけど、やっぱり二人は劣等生がよく似合う。

というわけで「やったぜ!カトちゃん ボク、植木」の加藤茶さんと植木等さんのコンビは、次のゴールデンウィーク作品、ハワイ、ニューヨーク、ラスベガスロケの『だまされて貰います』(1971年4月29日・坪島孝)に繋がっていく。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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