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寅次郎とはるみ 佐渡の休日『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』(1983年8月6日・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)より、第31作『旅と女と寅次郎』についての原稿から抜粋してご紹介します。

『男はつらいよ』のお楽しみの一つが、松竹マークが開けてすぐの「寅の夢」です。第三十一作『旅と女と寅次郎』では、前田吟さんのナレーションで、歴史ドキュメンタリー風に、佐渡金山一揆の首謀人・葛飾無宿寅吉について解説。その様子を描いた絵は、まるで郷土資料館所蔵の古文書、という感じですが、寅吉の絵は、寅さんそのもの。徹底したフェイク古文書から始まります。

 今回の「寅の夢」は、新国劇のような舞台装置で、おなじみの面々が登場。芝居仕立てで、柴又に戻ってきた寅吉が、妹の夫で、ダメな岡っ引きの博吉(前田吟)の手柄のために、捕縛されるという人情もの。三味線のBGMに、大向こうからの「目千両!」「後家殺し!」の掛け声(備後屋役の露木幸次さんたち)。

 舞台中継のようなカメラワーク。登場人物の心理を反映させた照明。音楽は、なぜかベルリオーズの「幻想交響曲」となり、良い意味でのなんでもありの「寅の夢」が繰り広げられます。やがて寅さんが見栄を切る、最高の瞬間で幕切れ。寅さんが目覚めると、そこは茶店。寅さんは、チンドン屋(関敬六)の荷物を枕に寝ていた、という展開となります。

「寅さんの夢」は、第二作『続・男はつらいよ』「瞼の母」が一番最初です。これは本編での「瞼の母との再会」の伏線となっています。続いては第五作『望郷篇』「おいちゃんの死」ですが、これも本編の冒頭の展開と繋がります。本編と関係ない落語の「マクラ」のようなかたちでの「寅さんの夢」が本格的にスタートするのが、第九作『柴又慕情』からです。当時は空前の「木枯紋次郎」ブーム。渡世人の寅さんが、裏の苫屋で借金取りから布団まで剥がされて困っている、おさくと博吉夫婦の窮状を救うというヒーローものでした。

 毎回さまざまなバリエーションで展開される夢は、喜劇映画的には、本編のペーソス溢れる人情喜劇とは、百八十度異なる、アチャラカ喜劇の味わいです。松竹蒲田時代、ナンセンス喜劇を連打した喜劇の神様・齋藤寅次郎監督を敬愛してやまない、山田洋次監督の戯作精神と、遊び感覚が、お盆とお正月、シリーズを待ち望んでいる大衆にとってのお楽しみとなりました。

 「寅の夢」がナンセンス喜劇だとすれば、続く主題歌の流れる「タイトルバック」ではスラップスティック喜劇の話法で、ドタバタが展開されていきます。大抵は、懐かしさいっぱいの寅さんが、江戸川に帰ってきます。サックスの練習をしているミュージシャンだったり、アベックだったり、測量技師だったり、普通に過ごしている人のところに、寅さんがやってきて、大騒動となります。この時のリアクションに、渥美清さんの抜群の喜劇的な運動神経が堪能できるのです。

 シリーズ中期からは、第三十六作『柴又より愛をこめて』で式根島小学校の卒業生を演じた、アパッチ賢(現・中本賢)さんと光石研さんや、第二十五作『寅次郎ハイビスカスの花』で内科の知念先生を演じた津嘉山正種さんが、タイトルバックでの被害者となります。

 第三十一作『旅と女と寅次郎』では、なんと、当時「矢切の渡し」で大ヒットをとばしていた歌手の細川たかしさんが特別出演、本物の矢切の渡しで美しい女性と道行きの場面となります。相手の女性を演じていたのが、第二十一作『寅次郎わが道をゆく』で留吉(武田鉄矢)が夢中になるSKDの若手スター、梓しのぶさん。寅さんは、細川たかしさんの道行きを手伝うも…

 といったドタバタが展開されます。第三十一作のマドンナは都はるみさんですが、その前座というわけではありませんが、まず細川たかしさんが登場するだけでもこの回のコンセプトが明確です。

 しかも細川さん「矢切の渡し」を歌わず、歌声も流れません。歌うのはタイトルが開けてから、参道をゆく備後屋さん(露木幸次)と、劇中デュエットする寅さんとはるみさんです。

 大の都はるみファンの渥美清さんのラブコールで成立した『旅と女と寅次郎』は、人気歌手が仕事とプライベートの狭間で疲れ果て失踪。新潟の港で寅さんと出会います。誰が見ても彼女が「京はるみ」なのは明らかなのですが、寅さんは全く気づきません。その浮世離れしたところが寅さんの良さでもあり、はるみは、普通の女性として寅さんと佐渡島へと渡ります。

 これが欧州某国の王女様と、新聞記者なら『ローマの休日』(一九五三年)となるわけですが、寅さんはグレゴリー・ペックのような二枚目ではありません。

 佐渡島の民宿での夜。はるみと寅さんがひととき酒を酌み交わします。「どっかで見た顔だなぁ」「前、俺と会ったことなかった?」と畳み掛ける寅さんに、はるみは正体がバレたかと気が気ではありません。そこで「あ、思い出した! 去年、岐阜の千日劇場、あそこの前でトウモロコシ焼いてただろう?」場内は大爆笑でした。

 寅さんとはるみの「佐渡の休日」はこうして始まります。劇中ではタップリと都はるみさんの歌唱シーンが盛り込まれています。往年の「歌謡映画」の味わいです。

 余談ですが、ぼくがとある音楽番組仕事をしたとき、たくさんの歌手の方が次々と舞台袖にやってきて出番を待つという状況でした。ステージのスクリーンに、倍賞千恵子さんの「下町の太陽」が映されているとき、とある歌手の人が「誰、この可愛い女優さん?」と、都はるみさんに聞いていました。するとはるみさん「知らないの? さくらさんよ!」
 ぼくは、聞くともなく、この会話を耳にして、ああ、京はるみさん、柴又のこと忘れていないんだなぁ、と感無量でした。

この続きは「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください




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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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