小説の書き出しについての私見

 小説の書き出し(要するに冒頭)ってまとめたら読みたがる人いるのかな、とツイートしたらなんか4人くらいから圧を受けたのでちょっと書きます。……と言ってからうまく書けなくて放置していたわけなんですが。

 400字詰め原稿用紙30~40枚から120枚くらいまでの短、中編、あるいはそれ以上の長編を書くときに気をつけている点、くらいに思っておいてください。(文字数とかキロバイト表示に慣れてる人は脳内で計算してください

 小説の書き出しの部分は色んな流派や流儀、個人個人の好きなやりかたがあるので好きなようにやっていいと思っているんですが、まぁぶっちゃけ書き出しが面白くない場合、その先の期待値が大幅減なので気をつけようね、というヤツです。

(これくらい予防線を張っておけば大丈夫でしょう


 自分が書き出しで重要視しているポイントが幾つかあって
・場所を明確にすること
・時間を描写すること
・冗長でないこと
 この三点を主に見ていますが、それら全てを満たすように書くわけでもありません。
 書き出しというのは物語に対してのフックであり、読む側の人間の興味を引かなければならないのですが、そこでわざと引っかけて興味を引くか、引っかかりをなくして物語にすんなりと入らせるかというのは、毎回アプローチが違います。
 この辺りは感覚で自由にやっているので言語化するのは難しいのですが、かなりの回数試行錯誤をして納得のいくものを作るしかないです。
 時間制限のある時など、そんなこと考えてられないこともありますが。

 少し突っ込んだ話をすると、息を止めて自分の書き出しをどこまで読めるかで「自分の興味が続くのはどこまでか」を知っておくことはいいことだと思います(これ自体は島本和彦先生の作品でも触れられていることですが)
 それが興味のない人が我慢して読む限界です。……まぁそんなこと言うと息を止めてここまで読む人がいるのかとか考えてしまいますが。

 概ね、悪い書き出しに感じる場合は文章そのもののクオリティよりも、なかなか本題に入らないという点にあるという気がします。
 ただ、これは書き手の心がけがどうであっても読み手がどう感じるか次第の部分でもあり、そこは他者に委ねなければならないというところが難しいところでもあります。
 それはそれとして自分の最善を尽くすということもまた確かなのですが。


 最後に直近の自分の話の冒頭五行分を置いておきます。
 これがどう見えるかの判断はお任せします。


 夜の暗さは、東京の地面にはなかなか届かない。
 とはいえ一頃に比べれば随分明かりが戻ってきたものだ、とそんなことを思いながら、近藤梓弦はライブハウスから出て、冬の寒さに首をすくめる。
 この冬一番の寒気が迫ってきているらしい今夜はよく冷える。これで雪でも降ろうものなら出社は相当難儀するだろう。

          【I don’t want to run but I have no choice】より


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