シンデレラグレイのダービーが終わる前に主観を書いておきたかったという話

 ウマ娘 プリティーダービーというコンテンツがある。

 細かいところはウマ娘で調べてもらうとして、そのスピンオフの一つとして『ウマ娘 シンデレラグレイ』というオグリキャップが主人公のマンガが現在ヤングジャンプで連載中だ。(ちょっと前まで全話無料だったけど今は有料、一巻が発売中で二巻が来月発売予定

 そしてこのシンデレラグレイが今、ダービーのレース佳境にさしかかろうとしている。

 オグリがダービー、というのはオグリを知っているファンにとってはある意味永遠の命題みたいなものである。というか「出ていたら勝っていた」と思っている人が多いかもしれない。それこそ、アニメ二期でもしトウカイテイオーが菊花賞に出ていたら……みたいに「あれだけ道中がスローで上がり勝負になったならテイオーが三冠だった」という「勝つのが前提」で考えてしまうファンも多いだろう。これを書いている自分も、決して長距離血統とは言えないレオダーバンが勝ったレースでもあるしテイオーが出ていたら、と考えてしまう。

 で、翻ってオグリ、いやシンデレラグレイのダービーである。

 敢えて「シンデレラグレイのダービー」と書くのは今の時点(2021年1月26日)でオグリがダービーに出ているかどうかが解らない描かれ方をしているからだ。レースを走っているような描写はあるが、オグリがダービーに出ていないとも取れる描写が多く、果たして……という流れで次回を待っている状況だ。

 ヤンジャンのアプリで公開されているシンデレラグレイのコメント欄は、オグリがダービーに出ているかどうかを含めて肯定的否定的、どちらの意見もあって、オグリのクラシック出走というある種の夢が今も色々な人を惹きつけているというのが窺える。

 改めて言えば、ウマ娘は「史実を基にしたフィクション」であり、個々のウマ娘が辿る流れも「史実をなぞりつつも史実そのままではない」ということになっている。端的に言えばウマ娘アニメ一期のサイレンススズカは1枠1番1番人気の天皇賞秋で故障したが生存して後にアメリカ遠征を果たしている。(余談だがその代償としてレースの本来の勝者オフサイドトラップは存在を抹消された。勝ったのは98年クラシック世代のスペシャルウィークが主人公をしていた一期中で主役格の扱いだったエルコンドルパサー)

 なので、シンデレラグレイでオグリがダービーに出ていても不思議はない。むしろ現実で起こらなかったからこそダービーに出ていて欲しい、という願いのようなものがあるのは理解できる。出てたら勝っていたんだから特例でもなんでもいいから出ていてくれ、あるいはダービーの直前に挿入されたマルゼンスキーの逸話のように「出たくても出られなかった」無念を晴らしてくれというものもあるだろうし、主人公なのにダービーに出られないなんて、という贔屓目もあるだろう。

 オグリキャップというウマ娘を追いかける視点から見れば、それに期待するのはもう仕方のないことだ。

 主人公が邪魔をする体制に反抗して生涯一度、世代最強の称号を勝ち取る、あるいは出られなくともそれよりも自分に価値があることを証明する。それはとてもロマンに満ちている。

 が、である。

 ロマンがあるのは、オグリだけではないのだ。

 史実においてこのダービーを勝ったサクラチヨノオーにも、どうしてもダービーに勝ちたいだけの理由があった。

 原作、史実のサクラチヨノオーは父マルゼンスキー、シンデレラグレイにおいてもダービー周りでちょこちょこと言及されていた「出られなかった怪物」であり、父の無念を子が晴らす、という流れと言えなくもないし、そこには確かにロマンがある。

 だが、それだけではない、という意味を込めてその前に一つのエピソードを紹介する。

 オグリ世代のダービーが行われたのは1988年5月29日。その二週間ほど前の5月12日に、一頭の馬が安楽死処分された。サクラスターオーだ。

 シンデレラグレイの第一話、メリービューティー(モデル馬メリーナイス)が勝ったダービーに「皐月賞を勝ちながらも出られなかった」馬で、ダービーを諦めて怪我を癒し、ぶっつけで出た「菊花賞を勝った」馬でもある。

 サクラスターオーは菊花賞を勝った後、暮れの有馬記念で安楽死処分されてもおかしくないほどの故障で競走中止となったが、ファンからの助命嘆願となんとか種牡馬としての可能性を探ったオーナーの意向により、闘病生活を続けていたが、1988年5月12日に故障していなかった脚も故障し、自立不可能となったことでその闘病生活に終止符を打った。

 サクラスターオーとサクラチヨノオーの間に血縁関係はないが、サクラの冠名が示すとおりのサクラ軍団の一員である。サクラチヨノオー陣営からすれば、このダービーには並々ならぬ思いがあったというのは想像に難くない。文字通り、血よりも濃い繋がりがそこにあった。

 前年、菊の季節に咲いたサクラをここ東京の晴れ舞台、それも世代最強を決める最高の舞台で。

 そんな思いを背負って、サクラチヨノオーはダービーに臨んでいたのだ。


 もちろん、シンデレラグレイに今のところそんな描写はない。これはあくまでも史実のサクラチヨノオーが当時そういう状況で周囲から期待されていた、というだけの話だし、オグリキャップというウマ娘が主人公である物語の中では余分なものだからだ。

 長々と書いてきたが、これはifもありうるウマ娘の世界の話で、史実は本当は関係ないということも解っている。ただそれでも「サクラチヨノオーというウマ娘が背負っているかもしれないもの」にどうしても言及したくなった、というそんなnoteにすぎない。

 史実のサクラチヨノオーはダービーの壮絶なデッドヒートで全てを燃やし尽くしたのか、その後は故障し、かつての実力を取り戻すことなく引退している。ウマ娘でどうなるのかは解らないが、オグリキャップの物語であるシンデレラグレイの中においてスポットライトの当たる場所に出てくることはもうほとんどないかもしれない。

 そして何より、オグリキャップにとってクラシックはその競争成績の未だ前半部分にすぎないことを忘れてはいけない。

 1988年秋の芦毛決戦に続いて、平成三強、南半球最強牝馬、過酷なローテーションと戦い抜いた89年、奇跡の90年と続く波瀾万丈の物語が繰り広げられるであろう陰で「オグリが出ていたら勝っていたダービーの勝ちウマ娘」として記憶されるのなら、それは少し寂しい話のような気もする。


 それでも、シンデレラグレイのダービーの決着がどうなるのかが、楽しみでたまらない。

 史実でもifでも、オグリキャップのためのダービーでも、それはきっと面白くなると思えるだけの作品が、シンデレラグレイだからだ。

いいなと思ったら応援しよう!