[Rによるデータ分析入門]イベントスタディ型差の差の分析(1)

本コラムでは、イベントスタディ型の差の差(DID)の分析を紹介します。


問題意識

差の差の分析では、イベントが発生する(処置が始まる)と、イベント(処置)の影響を受ける処置群の成果指標Yが変化し、影響を受けない比較群Yと乖離が生じるので、この差を計測しようとする分析です。通常の差の差の分析では、暗黙の仮定として、イベントが発生すると即座に効果が現れ、また、その効果は一定のまま持続すると想定されています。

図1 通常の差の差の分析の想定

しかし、図2のように実際にはイベント発生の効果が顕在化するまでに時間がかかるといったケースもよくあります。たとえば何らかの政策変更が突然行われたとしても、企業や個人が政策変更に対応するまでに時間がかかることはよくあります。

図2 処置効果が顕在化するまでに時間がかかるケース

このように処置効果が単調ではない場合に、これを回帰モデルで表現する方法がイベントスタディ型の差の差の分析です。具体的な推計式は以下の通りです。

$$
Y_it =\Simga_it \beta_t D_i YD_t +\gamma X_it +\lambda_t+\mu_i +\epsilon_it 
$$

ここで$${D_i}$$は処置ダミー、$${YD_t}$$は年ダミー、$${X_{it}}$$はその他のコントロール変数、$${\lambda_t, \mu_i}$$は年固定効果と個体固定効果です。ここで処置効果を示す係数$${\beta_t }$$にはtがついており、年ごとに係数が異なることを想定しています。この$${\beta_t }$$がイベント発生まではゼロ、イベントが発生すると$${\beta_t >0}$$となればプラスの処置効果が発生したと解釈します。

この手法には、

  • 処置効果が時点によって異なることを表現できる

  • イベントが始まるまで$${\beta_t =0}$$であるかを調べることで並行トレンドの仮定が成立しているかをチェックできる

という利点があります。

事例紹介:GOTOトラベルの効果~Matsuura and Saito (2020)

事例の一つとして、2020年、コロナ禍に行われた旅行支援、GOTOトラベル補助金の効果をイベントスタディ型DIDで分析したMatsuura and Saito (2020)の推計結果を紹介します。GOTOトラベル補助金は、コロナ禍で打撃を受けた旅行業を支援するために宿泊費、あるいは旅行パッケージの半額を補助するという旅行支援補助金で、2022年7月22日から始まりました。ただ開始3週間前ごろから東京ではコロナウイルス感染者数が増加の兆候がみられたことから、東京都を発着する旅行を補助金の対象から一時除外することが決まりました(感染者数が落ち着いたことから10月1日から東京都も対象に追加される)。Matsuura and Saito (2022)では、東京都発着の旅行とそれ以外の都道府県を発着する旅行を比較することによりGOTOトラベル補助金の効果を計測しました。

以下はMatsuura and Saito (2022)によって推定された$${\beta_t }$$をグラフにしたものです。Matsuura and Saito (2022)ではホテルの予約状況に関するデータを収集し、これを週次レベルで集計したデータで分析しています。

Matsuura and Saito (2020)

縦軸は係数の大きさ、青い線はGOTOトラベルの開始された時期(2020/7/20)を示します。黒の実線が推定された係数、髭のような点線は係数の95%信頼区間を示しており、これがゼロよりも上に来ていれば処置群と比較群に統計的に有意な差があることを示します。このグラフより以下が読み取れます。

  • 2020年7月20日から始まる週(7/20/20)以降で係数が大きくなっており、点線はゼロを上回るようになっている、係数は8月17日から始まる週で一度落ち込むものの、9月末に向けて係数が大きくなっている

  • 2020年7月13日から始まる週(7/13/20)よりも前は、係数は0に近く、またほとんどの期間で点線の下限は0を下回っている

前者から処置効果は徐々に大きくなっていると解釈できます。後者からは、イベントが始まるまでは処置群と比較群に統計的に有意な差はなかった、と判断することができます。

第2回では、これをRで表現する方法について説明します。


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