「自立型社員を育てる」意味の変化
以前、他の記事で書いたことがあることを今改めて思うことがあったので、多少改編して記載したいと思う。
ある美容室のこと。
この美容室の社長は、もともとメーカーの営業マンをしていたが、独立志向が若いころから強く「何を生業に起業しようか?」を考えていた。
彼の奥さんは、以前からスタイリストを兼ねて美容室を細々と経営していたこともあり、「嫁さんにも経営ができるのだったら、自分にもできるだろう!」という安易な気持ちで、奥さんとは別の美容室を起業した。
彼はスタイリストの経験は全くない。そもそも、自分で技術職をする気はまったくなく、初めからマネジメントに専念するつもりだった。
マーケティング能力が高かったこともあり、開業後まもなく、平日も予約でほぼ埋まるような状態になった。その後、スタッフも増やすこととなった。
ここまでの話であれば、それほど驚くことでもないだろう。
だが、特筆すべきはここからだ。
この店が他店と明らかに違うことがある。
それは、スタッフ1人1人に将来の目標を聞くと分かる。
「○年後に、この店の責任者になります」
「○年後に、別のお店を持ちます」
「○歳になったら○○をして、それを本業にします。」
「○○投資のプロになって、○歳になったら、 店を止めて、それで食べていきます。」
などなど。
このように、スタッフ全員が明確な目標を持っていて、ためらいもなく、答えが返ってくる。
さらに驚くべきことは、スタッフ全員の目標を達成しようという「時期」までもが明確なのである。
社長は、各スタッフと何度も話し合った上で目標設定をさせる。
次に、この目標へのアクションプランを立てさせる。
さらに、このアクションプラン通りに進んでいるか進捗を確認する。
進捗がおもわしくない時は、その理由を探り、場合によっては、再度プランを見直しさせる。
このようなことを繰り返し、繰り返し行っている。まるで、社長はスタッフのコーチのようだ。
だが、私の印象では、これは単純なコーチングではない。深く、緻密な人生のプランニング作業を社長とスタッフが協同作業している。
店の定休日をスタッフとの勉強会の日に充て、毎週、人生プランの立て方や、目標設定の仕方、さらには生き方、価値観にもおよび、スタッフと膝を突き合わせて話し合ってもい。
もちろんこれらは、入社まもないスタッフにはやらせない。最低でも入社2年後から、本人の希望を聞いてから始める。
この勉強会は、強制ではなく希望者のみの参加だ。最初の頃は2人しか参加しなかったが、今ではスタッフ全員が参加しているという。
ここまで読んで、いかがだろうか?
私は、このように思う。
このやり方こそが、社員を会社に依存させず、自立してもらうための究極の教育・指導方法ではないだろうかと。
そもそも、スタイリストは35才が技術力、体力、感性のピークと言われているらしい。のびしろがなくなるということだ。だが、会社は給料を上げ続けなければならないだろう。美容室とは、このような業種だ。
北海道の美容室の社長は、このことが体に染みているからこそ、社員が若いうちから、自立してもらうための教育を始めている。
同じような課題を他の業種も抱えている。
広告業界のクリエイターも、35才がピークと言われている。スタイリストもクリエイターも同じような時期にピークを迎えてしまう。稼ぎは横ばいであっても、給与は少しづつ右肩上がりにならざるを得ない。
だから、会社はクリエイターに、管理職になってもらうか、若い子を教育してもらうかなど、ピークを迎えた後は、そのクリエイターにマネジメント能力としての付加価値を強く求めるようになってくる。それ以外では、独立してもらうこともあるだろう。このようにしていかないと、会社の生産性は上がらないどころか、下がっていくという歪みが生まれる。
このことから分かるように、社長や会社がやるべきことは、社員に対して、単純にキャリアアップさせていくだけでは足りない。
自立させるための能力も、身に付けさせなければならない。単に技術だけ磨かせて独立させるという単純なものではない。人間力を含めた他の能力も磨かせなければならない。
定年まで会社で勤め上げてもらう社員であっても、社内で自立した意識を持ってもらう人が増えてこないと、人件費が膨らむだけで、生産性が上がらなくなる。その結果、会社はもたなくなるだろう。
一人一人を自立させるのは、とても難しいこと。
業種や職種にもよるが、このように35才で技術力、体力、感性がピークを迎えてしまうのは事実だ。
景気が良かった時代では、この課題は顕在化されなかった。だが、情報や技術革新のスピードがもっともっと早くなる今後は、この課題は無視できない。
ただ、北海道の美容室で起きていることは、そのまま真似するのは危険だとも思う。なぜなら、この経営者は、社員を自立させるために深い「愛」を持って教育・指導しているからだ。
経営者が社員に「愛」をもってあたっているか? むしろ、このことが一番問われることだろう。
当社でも、今まで社員が自立というか起業するケースはたくさんあった。現時点でも、ビジネスパートナーとして対応してもらっている元社員は、6人(社)存在している。
だが、この美容室の社長のような深い「愛」を持って教育・指導していたわけではない。自立に向いていた社員がたまたま、起業家になったり個人事業主になった程度。計画的でも意図的なものでもない。
そもそも、「自立型社員を育てる」ことと、「社員を起業できるように育てる」ということは、以前は違う意味だったはずだ。
だが、終身雇用終焉時代には、「自立型社員を育てる」と「社員を起業できるように育てる」は、同じことになりつつあるかもしれない。経営者も社員も目を背けられない課題だろう。
業種や規模、そして経営者の価値観など様々の違いがあるので、答えはいろいろあると思うが、社員の自立指導については、改めて真正面から受け止める必要がでてきたように思う。