脳科学から広告・ブランド論を考察する
※以前、他のブログで記載した内容をまとめて、新たに加筆修正した内容です。
2006年のこと。当日、70才過ぎても現役で活躍している超ベテランのアートディレクター(※)であり、日経広告賞、毎日デザイン通産大臣賞など、数多くの広告賞を受賞している山田理英(やまだりえい)先生に会って来た。広告表現の研究も長年されていて、著書も30冊以上ある。
※アートディレクターとは?
主にグラフィック系の広告企画のトップとして、デザイナー、スタイリスト、カメラマンなどに指示を与える責任者のこと。広告する商品やサービスのコンセプトをもとに、イメージやアイデアを製作スタッフに伝えていく。
時には自らがデザインしながら作品を作っていくため、企画力だけではなく、 デザイナーとしての才能も求められる。
なかでも当時、私が一番興味があり何回も読ませていただいた書籍が「広告表現を科学する」であった。
この書籍は、1998年に出版された。広告表現という科学化しにくい領域に、マーケティングの知識と調査データに基づく客観的アプローチを絶えず研究し、実践に力を注いだ山田先生の当時の集大成的な書籍。
山田先生には、日経広告研究所の編集部長を通して、やっとお会いすることができた。
山田先生は、ちょっと恐い風貌の方(?)なので、初対面の私としては、 躊躇してしまうほど・・・(汗)
まずは、自分のプロフィールを伝え、これから当社でやっていきたい志として「売る広告表現を追求したい」旨を先生にお伝えした。
次のようなやりとりが始まる。
私「広告表現を科学的な視点で研究するためには、やはり認知心理学を勉強した方が良いのですか?」
先生「これから勉強するのであれば、認知心理学ではないね。 脳科学だね。」
私 「でも、先生の書籍では、認知心理学の見識からまとめられていたようでしたが・・・」
先生「10年前には、脳科学を広告業界に人達に伝えても、訳がわかんないので、 時代的な背景から認知心理学からのアプローチで書いたんだよ。」
私「そうだったんですか・・・」
先生「私は1980年代から、広告表現について認知心理学では説明しきれないものがあり、何か足りないと模索していたんだ。そこでようやくすっきりするものに出会った。それが脳科学だったんだ。1990年の初めくらいだったかな。」
私「では、山田先生は、今は脳科学を中心に、広告表現を研究されているわけですか?」
先生「そうそう。だから君も、もし広告表現の研究を極めるんだったら、これからは、脳科学の勉強するといいと思うよ。」
と仰られ、先生はおもむろに厚めの資料をテーブルの上に出された。100頁近くの資料だったかと思う。いかにも研究資料としてのレポートのようなものだった。
(この資料こそが、この1年後に出版される書籍「脳科学から広告・ブランド論を考察する」のゲラの一部であった。
実は、この書籍を先生が出版された動機がまた凄い・・・。
前作「広告表現を科学する」で広告業界では当たり前に教わる「AIDMAの法則」※を批判したとされる一文があった。
※AIDMAの法則とは?
1920年代にアメリカ合衆国の販売・広告の実務書の著作者であったサミュエル・ローランド・ホールが著作中で示した広告宣伝に対する消費者の心理のプロセスモデルとされる。AIDMAの法則では、消費者がある商品を知って購入に至るまでに次のような段階があるとされる。
Attention (注意)
Interest (関心)
Desire (欲求)
Memory (記憶)
Action (行動)
このうち、Attentionを「認知段階」、Interest、Desire、Memoryを「感情段階」、Actionを「行動段階」と区別する。
「最近では、脳波や神経心理学からも「注意」を必要としない、「スキーマ」による説を支持する報告もなされている。」
これが広告業界の重鎮達にとっては、おもしろくなかったらしい。
なぜなら、AIDMAの【A】はATTENTION(注意)であり、その注意を必要としない説があると書いたからだ。危うく山田先生は広告業界から追放されそうになるところだったそうだ。
先生はこのことが悔しくて、この「注意」を必要としない「スキーマ」のことを証明するために、「脳科学から広告・ブランド論を考察する」を執筆したようなものである。
話は戻る。
このレポートのタイトルには、『広告界の空白部・脳科学からの「情動」』 と書いてある。
「『情動』っていったい何なんだ」と、心の中で叫んでいるところに、先生から一言。
先生「君は、『売る広告表現を追求する』って言ったけど、『売る広告表現』ってひとことで言うと何だね。」
私 「ごめんなさい。ひとことでは・・・」
※先生の前では主張できない自分が情けない。
先生「この『情動』を理解すれば、言えるようになるよ。」
私 「そ、そうなんですか・・・」(汗)
先生「まずは、この資料を暗記するまで、読んできなさい。」
私 「は、はい。」(大汗)
先生「そしたら。次に脳科学についての文献が私の家にたくさんあるから、そのうちのまずは、100冊を読んでみなさい。」
私 「え、は、はい。」(冷汗)
この資料の1ページだけ見ても、何を言っているのかさっぱりわからないのに、「暗記するほど読む込む」って、 どんなに大変かが、わからないほど大変なことだけはわかる。
※まわりくどい・・・
私は『売る広告表現を追求する』ことに関して、もしかしたら、安易な方法を探していたのかも知れない。そんな自分が、とてつもなく恥ずかしくなった。わかっているつもりだったけど、一つのことを極めるということは、やはり並大抵なことではないと今一度、反省する。
このようなやりとりの後、 山田先生は、勇気づけるメッセージを私にくれた。
先生「岩本君。君さえやる気があれば、10年で「売る広告表現を追求する」会社として、日本一になれるよ。」
私「は、はい。」(きょとんとした顔)
先生「まだまだ、日本では、このような思想で、追求している広告会社はないからね。」
私「本当ですか? 私、デビット・オグルビー(※)のようになりたいんです。」
※ディビット・オグルビーとは?
米国の大手広告代理店オグルビー&メイザーの創設者。アド・エイジ誌に「広告界のクリエイティブ・キングとして他に比肩する人がない」とまで言わしめた巨人であり、現代広告の父と言われている。彼の制作したロールス・ロイス、ハサウェイなどの広告は、あまりにも有名。
著書に「売る広告」「ある広告人の告白」などがある。
先生「精進し極めればなれるんじゃない。私は、現場のクリエイターであり、研究者でもあるが、 君みたいに経営者ではない。だから、経営者として君が追求し、社員やブレーンに広めていくことに意義があるんだよ。」
私「は、はい。がんばります。とにかくこの資料をまずは、何回も読んで理解してみます。」
先生「そうだね。理解できたら、また連絡ちょうだいよ。そして、またお会う。いろいろ教えてあげるから・・・」
私「ほ、本当ですか…。ありがとうございます。できるだけ、早く理解できるようにがんばってみます。理解ができたら、ご連絡差し上げます。」
ということで…
それから2年が経った2008年、やはり理解はできていない。
でも、聞きたいことは山のようにある。どうしよう。
と悩んでいるうちに、良いアイディアが浮かんだ。手っ取り早い方法。山田先生を囲んでの勉強会を開催するということだ。
そこで、山田先生にお願いしたところ、あっけなく快諾をいただけた。
こうして、山田先生をお迎えして、弊社で定期的な勉強会を開催することになったのは2008年。
参加者10名。そこで、私たちが用意した質問とは?
●今、問題になってる「ゲーム脳」について。
テレビやIT関連の処理をしているのが「後頭葉(ゲーム脳)」とのことのようだが、「ゲーム脳」が進行するとどうなるのか?
●ターゲットにおける脳の違いをどれだけ考慮すべきか?
例)男/女、人種、若/老
●商品による違いを、どれだけ考慮すべきか?
例)住宅関連、小売業、サービス業
●「ビジュアルとコピーの結婚」を成功させるには?
コピーが先か、ビジュアルが先か?
●調査方法の無作為性を確保するための要点は?
●日本文化は非対称好みとありましたが、世代、特に現在の最も購買意欲がある年代の方には当てはまるか?
●ロゴなどを作る場合のブランドイメージに必要な情動とはどんなものか?
●外国人と日本人の脳は違うのか?
例えばプレゼンテーションで外国人は文字だけでも理解するらしいが日本人の場合は絵がないとイメージ出来ない。
●広告やチラシなどの反応率には県民性や地域性は影響するのか?
●広告の事前調査の方法が知りたい。
●新聞における「企業イメージ広告」についての法則がそのまま販売促進のチラシに応用できるか? 違いがあるとしたら何か?
このような質問をぶつけてみた。
山田理英先生は、この翌年にお亡くなりになりました。本当に残念です。
前述の山田先生にぶつけた質問の答えの一部も含め、山田先生の意思を受け継ぎつつ、広告表現の実践と検証をし、とりまとめた書籍が、2010年に出版した「確実に販売につながる驚きのレスポンス広告術」です。
既に、私は、レスポンス広告では第一線から退きましたが、ブランディングの領域でも、当時のエッセンスは活かされていると思います。
山田先生、ありがとうございます。