I was stressed out…
酒を飲むようになってからパブやらバーやらで一人で飲むのが最も楽しい時間だった。しかし、一般的に想像される誰とも会話せずに飲んでいるわけではなく、マスターや他の客との会話を楽しむ事が多い。お互いが深く関らずにお互いに孤独を分け合う場所が欲しいのだ。
私は知人と酒を飲む時、往々にしてどのような会話を相手が求めているのか、どうしたら人に楽しんでもらえるかを常に考えているためなかなか酔うことはない。しかし、もちろん判断能力はアルコールによって落ちてゆく。そしてしばしば本音や余計な事を話し後悔する。
ため息をつくたびに想起される後悔と孤独を酒と共にグラスに入れてグッと飲み干す。そんな変わらない惨めな日常を送るにつれて人間は酒に溺れるものと、悲惨な現状を抜け出して成長するものに分かれるのだと思っている。前者はあまりに悲しく空虚な存在だ。未だに私はそちら側の人間ではあるわけだが。
話は変わるが、人はどのように人を愛するのだろうか。人は、他人に愛される努力をするもののとそのままの自分を愛してもらおうとするものに大別されると推察される。私は圧倒的に前者の意見を推していきたいと思う。ほとんどの場合、自分が好きな人間が自分のことを好きかどうかは疑わしい。そのため、会話によって相手の求める人間像、つまり外見と内面の理想的な特徴を聞きただす。この求める人物像を追い求めるにあたって、我々は暗号解読のような難題に立ち向かう事になる。読者諸卿らもそのような経験があると思われるが大抵の質問は抽象的な回答で返される。そのためかつてゲーテが “If you wish a wise answer, you must put a rational question.“ と言ったように、合理的な質問をせねばならない。そうして回答から求められた必要とされた人間像を目指す事が私にとっての恋愛なのではなかろうかと思う。