失楽園⑧
主要な登場人物紹介
涼宮俊介・・・21歳。大学生。永遠と幸福が保証された世界に息苦しさを感
じている。
牧村直美・・・21歳。大学生。学業やボランティア活動に積極的で、周囲へ
の配慮を欠かさない。
宮田伊作・・・21歳。大学生。鈍感でぶっきらぼう。俊介の繊細さやネガテ
ィブな性格を馬鹿にしている
涼宮美香・・・俊介の母。過保護で、心配性。俊介からは疎まれている。
西田真理奈・・・謎めいた司書。反社会的な言動をとっても、何故か”マンダ
ラ”の影響を受けない
朝光明・・・反政府組織「カリオストロ」のリーダー。この社会で苦しむ
者達を国外脱出させる活動を担っている。
西田さんとの帰り道、僕は幾つかの疑問を聞かずにはいられなかった。
「西田さん、今回の作戦は僕だけを救うにはあまりにもコストが大きすぎないですか?もしかして、脱出者はかなりいるのではないですか?」
「ええ、あなただけではないわ。今回の作戦で脱出する人間は150人程いる。これまでは船舶を使って数千人程脱出させてきたけれど、それが政府にバレてからは、ジェット機での脱出に変更し、今回の作戦までに数年の準備をしたの。」
「そうなんですか。その他の人々にはどのような方がいるのですか?」
「あまり詳しくは言えないわ。ただ、あなたと同じ学生もいれば、専門家や芸術家、自衛隊員もいるわ。彼らはアメリカでの国家運営に協力してくれる予定だし、彼らのような存在は国家運営にあたってとても必要な存在だから、今回の作戦は決して無駄ではないわ。」
「そうですか。ちなみに、ずっと気になっていたことなのですが、朝光さんは一体何者なのですか」
「そうね。それについては、私からは言えないわ。ただ、彼がこの社会に対して複雑な思いを抱いているのには、とても重い理由があるということよ。ちなみに、涼宮くんはアメリカに無事行くことができたら、私達と共に政府機関で働こうとは思わないの?」
「今回の作戦を知るまでのいきさつだけで混乱していて、とてもではないですが、今はそこまで頭が回らないという感じです。すみません。」
「いや、気にすることではないわ。ゆっくり考えてくれて構わないから。」
「じゃあ、私はここまでね。何かあったら、”テンマ”でメールしてもらって構わないから。」
「はい、ありがとうございます。」
僕は家族や友人への最後のメッセージを書こうと思った。作戦の概要を知らせずに伝えようとなると、残された者からしたら不可解極まりないものになるが、仕方のないことだ。いずれ政府の人間が来て、事情を知らされることにはなるだろう。僕は小さい頃感じていたこの社会への違和感、両親や同級生から受ける同調圧力にうんざりしていること、愛情や友情を理由に受ける見せかけのやさしさへの不満を簡潔に述べ、もう会わないことを書き連ねた。
”ピコン”
”テンマ”にメッセージが届いた。どうやら今回の作戦の細かい段取りについてだ。その作戦には目を見張るものがある。
”全ての本人確認をするための認証システムは網膜や、指紋、静脈、歩き姿などがあるが、どれも一つの装置に対して一つしか認証できない。”テンマ”とホログラムを使うことで、認証システムには全く別人の姿を認識させ、ごまかせる。またルートによっては、クリアするべき認証が極端に少ない場所もある。メッセージに添付したファイルに進むべきマップが示されているから、それをインストールし、当日はそれに従い、基地に来ること。”
”基地内においては、”テンマ”を使って、仲間と通信すること。もしどうしても、仲間ではない基地内の人間に怪しまれたら、”テンマ”のステルス機能を使い、周囲の光を屈折させることで、自分の姿を認識させずにできる。ただし、ステルスでは認証システムをごまかすことはできない。”
”遅くとも、11時50分までに指定のジェット機に乗り込め。そして、ジェット機内に乗り込んだ後、ジェット機内の指定のボックスに入れ。ジェット機内には1つで50人を収容できるボックスが3つあり、それらは指定の時間になれば、自動的にジェット機から射出され、目的の場所へ向かう。目的地は現在は伝えられない。そこまでクリアできれば、安全は保障される。”
”もし今回の作戦が政府に勘づかれ、政府の人間や自衛隊員に襲撃された場合、既に渡した銃を使え。それによって、一時的に相手の意識を奪うことができる。この銃はこの1週間の間、常に所持しておけ。”
”なお、これらのメッセージは、我々がネットワーク空間の中に設けた”タイムホール”を通して伝達されている。その”タイムホール”を通過すれば、光のスピードが変化し、通信は傍受されないようになっている。作戦当日までに少しでも問題や疑問があるならば、”テンマ”でメッセージを送れ。”
それにしても、僕にできることがなさ過ぎて、何だか申し訳ないくらいだ。あとは当日を待つのみか。
朝、大学に着くと、何だか凄く騒がしかった。
「おはよう、牧村さん。何かあったの?凄く騒がしいけれど。」
「ああ、涼宮くん。その、私から聞いたって言わないでね。さっき、恐らく政府の人達なんだと思うのだけれど、その人達が一人の男子学生を連れて出ていったきり、その学生が帰ってこないの。」
「何?....そうなんだ。連れていかれた理由は何かわからないんだね?」
「うん、詳しくはわからないわ。でも皆が言うぶんには、あの学生が恐らく反社会的な活動を密に行っていたんじゃないかって。その活動が何かはわからないけれど....。」
”ピコン”
”テンマ”にメッセージが届いた。朝光さんからだ。
”おはよう。急な要件だが、君に伝えなければならないことがある。君の大学には、君以外にもう一人仲間がいるのだけれど、その一人が先程政府の人間に連れていかれた。ひょっとしたら、君も既に知っているかもしれない。彼がどうなるかはわからない。しかしながら、誰かが連れていかれた場合に備えて、”テンマ”にはその者の記憶の中から、今回の作戦とそれに関わる全ての関係者の記憶を消し、”テンマ”ごと消える機能があるので情報漏洩に関しては問題は無い。ただ、君の身が心配だ。決して怪しい行動を取ってはいけない。何故なら、恐らく君の大学には政府のスパイがいるはずだ。何人いるかもわからない。そして怪しい者を見つけ次第、僕に報告してくれ。その者を痛めつけたりはしないから、安心してくれ。関係者がこれ以上洗い出されるのは危険だ。協力を頼む。”
恐ろしいな。どうやら当日まで安心というわけではないようだ。スパイは身近にいるかもしれない。僕がスパイを洗い出すのか。しかし、何としてでもこの作戦を成功させないといけない。この作戦には僕だけでなく、西田さん達の命も懸かっているのだから。
前章は以下のnoteです。