失楽園_画像_

失楽園⑤

主要な登場人物紹介
涼宮俊介・・・21歳。大学生。永遠と幸福が保証された世界に息苦しさを感
       じている。
牧村直美・・・21歳。大学生。学業やボランティア活動に積極的で、周囲へ
       の配慮を欠かさない。
宮田伊作・・・21歳。大学生。鈍感でぶっきらぼう。俊介の繊細さやネガテ
       ィブな性格を馬鹿にしている
涼宮美香・・・俊介の母。過保護で、心配性。俊介からは疎まれている。
西田真理奈・・・謎めいた司書。反社会的な言動をとっても、何故か”マンダ
        ラ”の影響を受けない


 僕は今、東京の街を西田さんと共に歩いている。これからどこへ向かうのか、僕にはわからない。ただ、先程から西田さんは道を変えながら、ジグザグに進んでいる。何かわけがあるのだろう。そう考えていると、急に西田さんが道の傍らの方へ歩み寄った。
 「あったわ。この箱の中にはあなたの”テンマ”と全く他人の”マンダラ”と”VRコンタクトレンズ”、そしてホログラムがある。これをあなたの体内に注射器を使って挿入する。こっちへ来て。」
 「あ、はい。」
 「少し痛むわよ。我慢してね。」
 「ツッ!......終わりましたか?」
 「ええ、終わったわ。ごめんね。もうこれで大丈夫。あと、その”VRコンタクトレンズ”も付けてね。」
 「はい、わかりました。」
 ”ブーン、ホログラムを起動しますか?”
 「えっ!!何だこれ!」
 「ホログラムを起動しますって、言えばいいわ。解除するときは解除すると言えばいい。あなた専用の”テンマ”とは別に、他人の”マンダラ”を使った。それによって、あなたは別人に成りすますことができる。けれども姿は偽れないから、ホログラムを起動して、そのホログラムを身に纏うことで姿まで変えられる。あなたのその”VRコンタクトレンズ”に映った30代男性は、”テンマ”を持たない者から見たあなたの現在の姿。名前は”瀬戸浩司”。休日はテニスや飲食を楽しみ、ボランティア活動にも熱心。娯楽としての仕事はテニスコーチ。だから、これから先は基本的にあなたは瀬戸浩司として振舞うこと。いいわね?」
 「はい、わかりました。上手くやります。”ホログラムを起動します。”」
 ”ブーーーーン、ホログラム起動完了。”
 「それにしても、街の外れのベンチの下にこんな代物を隠すなんて。少し危なっかしいなあ。」
 「”デッド・ドロップ”という手法よ。古くからある常套手段。安心して。この外れは普段あまり人が通るような場所じゃないから。次は電車を利用して、ここから2時間程かかる場所に移動する。そこであなたに私達の組織のメンバーを紹介するわ。私もそろそろ”間宮瑠香”という別人に変装するわ。”ホログラムを起動します。”」


 ここは山形県。東京から出たこと自体、あまりないから全く分からない。ただ、ここでも街はシアンやグリーンの建物で覆われている。どこも変わらない。しかししばらく歩くと、明らかに時代錯誤な地区に入った。100年前の社会でよく見られたようなコンクリートによる建物で覆われた区域だ。ゲートで封鎖されており、かつAIロボットの警備員が前にいる。
 「間宮瑠香さんと瀬戸浩司さんですね。ご用件は既に伺っております。”アウトサイダー”達へのボランティア支援ですね。お手数ですが、網膜認証と指紋認証、静脈認証を行います。」
 「ええ、お願いします。」


 「ここは様々な理由から、ほとんど信用スコアがゼロに近づいた者達、俗にアウトサイダーと呼ばれる者達が共同生活している区域。こういった区域は基本的に、日本の北か南の方に設けられていて、彼らは東京や大阪などの中心部から遠ざけられている。彼らは忌み嫌われ、同時に恐怖の対象でもあるから、私達都会の人達の目には触れないようにしようというのが狙いなのでしょうね。」
 「そんな.......。知らなかった。以前から、信用スコアが極端に低い人達はどうなるのだろうと疑問には思っていましたが、口にするのは何となく駄目なことなのだという雰囲気があって聞けなかったのですが。彼らは普段、どのような生活をしているのですか?」
 「そうね。彼らが利用できるお店などはもの凄く低ランクなお店が多くて、そこで販売される商品は劣悪なものが多い。また彼らは基本的に仕事にありつくこともできない。たまにボランティアの支援があるのでそれで切り詰めてやっている者もいるみたいだけれど、彼らに支援するような人間はあまり多くはいない。」
 「彼らは地道に信用スコアを回復させて、元の生活に戻ることはできないのですか?」
 「信用スコアが一定の基準より下がると、ここで暮らすことになり、”マンダラ”ではなく、政府の判断がない限り、元の生活には戻れなくなる。そんな政府から許されて元の生活に戻った人なんて、数えられるぐらいしかいないわ。」
 「まるで、かつてのユダヤ人のゲットーやアパルトヘイトと同じじゃないか。何が永遠と幸福の社会だ。偽善にまみれた政府だな。」
 「その通りだよ、瀬戸浩司くん。いや、涼宮俊介くんと呼んだ方が良いかな?」
 「!!!どなたですか?僕は瀬戸ですが。」
 「安心して。彼は私達の組織のリーダー、”朝光明”よ。彼にはもうあなたのことは伝えてあるから」
 「え!!リーダー!?」
 「どうも、朝光明です。よろしく、涼宮俊介くん。フフフ。」


 僕は今、雑居ビルの中にいる。どうやらここが彼らの組織、”カリオストロ”の拠点みたいだ。外国人も数人いる。外国人なんて生まれて初めて見た。屈強そうな者もいる。僕は奥の部屋に通されて、朝光明と二人きりだ。彼の姿は男の僕からしても、とても魅力的な姿をしている。色素の薄い髪や肌をしており、二重だが、少し切れ長の目をしている。顔は随分と整っている。体つきはスラっとしているが、同時に引き締まってもいる。雰囲気は神秘的だが、それでいて、どこか妖しくミステリアスな雰囲気も持ち合わせている。反政府組織のリーダーというだけでとんでもないが、実際こうして会ってみると、より一層何とも言えない感情が渦巻いてくる。
彼は何かを抱えている。彼は一体、何者なんだ?


 前章は以下のnoteです。


  

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