【英国判例紹介】Davis Contractors v Fareham DC ー不可抗力とフラストレーションー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、Davis Contractors v Fareham DC事件(*1)です。
契約書のレビューをしていると必ず出くわす不可抗力(Force Majeure)条項ですが、準拠法を日本法(その他シビルロー系の法)とするか英国法とするかで、不可抗力条項の持つ意味は変わってきます。
そこで、今日は、英国法において不可抗力と似た概念であるフラストレーション(Frustration)についてのリーディングケースである本件をベースに、英国法における不可抗力条項の位置づけについて書きたいと思います。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
前提①:不可抗力条項とは?
特に定まった定義があるわけではありません。ここでは、次のような条項を不可抗力条項と呼びたいと思います。
ここで、売主Xが、買主Yに対して、小高い丘の上にあるオフィスビルを1億円で売るという契約を結んだものの、引渡し前に第三者による放火によって滅失してしまった例を考えてみてください。
この例を基に、準拠法を日本法・英国法にした場合の不可抗力条項の取り扱いについて見ていきます。
日本法を準拠法とした場合
民法は、次のように、不可抗力により契約上の義務の履行が不可能となった場合に、履行当事者は責任を負わないことを明確に定めています。
つまり、日本法は、不可抗力条項と同じ内容の法律が定められています。
そのため、日本法を準拠法とした契約の場合、契約書に別段の合意がない限り、契約書に不可抗力条項を定めていようといまいと、売主Xは、一軒家を引き渡す義務を負いません。
英国法を準拠法とした場合
他方で、英国法には、民法412条の2に相当するような法律はなく、不可抗力条項と同じ内容の法は存在しません。
そのため、英国法を準拠法とした契約の場合、契約書に別段の合意がない限り、売主Xは、基本的に、一軒家を引き渡す義務を負います。ただ、オフィスビルは既に消滅していることから、実際の処理としては、売主Xは、買主Yに対して、オフィスビルを引き渡せなかったことにより買主Yが被った損害について賠償義務を負うことになります。
ここに、日本法を準拠法とした場合との大きな違いが生じることになります。英国法を準拠法とするのであれば、売主Xとしては、不可抗力条項を入れるのが必須だと言えます。
前提②:フラストレーションの法理
とはいえ、売主Xは、第三者による放火について、責めに帰すべき事由は見当たらないと解される場合もあり得ます。このような売主Xに損害賠償を強いるのは、不合理なようにも思えます。英国法上、この不合理な落とし穴を埋めるものとして、フラストレーションという概念があります。
ある判例では、次のように説明されます(*2)
前置きが長くなりましたが、今回の事件は、このフラストレーションの適用に関する基本原則を定めたリーディングケースです。
早速、事案を見ていきます。
事案の概要
1946年7月9日、Davis Contractors Ltd(原告・上告人)は、とある地方自治体(被告・被上告人)のために、定額で、78戸の住宅を建設する建築請負契約を締結しました。納期は8か月でした。
しかし、予期せぬ事態のため、また双方の過失によらず、十分な労働力の供給が得られず、工事完了までに22ヶ月を要してしまいます。
原告と被告の間で、工期延長に伴う工費の負担について協議が折り合わず、訴訟へと突入します。
原告は、このような労働力の不足による納期の遅延は、フラストレーションの適用場面であると主張するとともに、不当利得(quantum meruit)に基づく増額した工費を請求します。
原審、控訴審では決着がつかず、紛争は最高裁に持ち込まれました。
争点:本件へのフラストレーションの適用
争点はこのようにシンプルです。
なお、この事件では、原告が被告に対して「工事遂行に必要な資材と労働力が十分に供給されることを納期内での工事完成の条件とすること」を記した書簡を宛てており、この書簡が工事請負契約に含まれるのかという問題も争点となっていました。
最高裁は、この点についてこの書簡は納期に関するものであり請負代金の増加について定めるものではないと判断しています。
裁判所の判断
裁判所は、本件における納期の遅延は、フラストレーションの適用場面ではなく、原告による不当利得の請求は認められないと判断されました。
Radcliffe卿は、次のように述べています。
そして、裁判所は、「注文者が建設業者に定額で工事を依頼する場合、その目的は、しばしば発生する予期せぬ困難から身を守ることであり、誰の過失でもなく想定よりも工期を要したからといって、建設業者がそれ以上の料金を請求できることを認めると、契約の神聖さを著しく損なうことになる」と述べて、原告の主張を一蹴しました。
考察
フラストレーションの3要素
Radcliffe卿のコメントを分析すると、ある事由に基づいてフラストレーションの法理が適用されるためには、次の3つの要素が必要となります。
フラストレーションと不可抗力条項の関係
不可抗力条項とは、契約当事者が、責めに帰すべき事由によらずに契約上の義務の履行が不可能になった場合について、その後の処理を定めるものです。これは、フラストレーションの3要素における、①のリスク配分を行う条項であると言えます。
したがって、不可抗力条項を定めている限り、フラストレーションの法理は基本的に適用はありません。
既に述べたとおり、フラストレーションは、契約を消滅させる効果を持ちます。契約の消滅は、義務を履行すべき当事者のみならず、権利者側も不便を被ることがあるため、できるならば避けるべきです。
その意味で、不可抗力条項を定めておくことで、当事者にとって不測の事態が起こったとしても、その後の処理方法について当事者のコントロール下に置いておくべきでしょう。
「根本的な相違」のテスト
加えて、フラストレーションの3要素の②は、自己の責めに帰すべき事由によらずに義務の履行が不可能となった当事者にとって、不可抗力条項がない(フラストレーションによる免責に頼らざるを得ない)場合に、更なる困難を与えます。
根本的な相違が認められる場合として、契約当事者の共通の目的が不能となったとき、契約の目的物が滅失したとき、契約の履行が違法となったとき、属人的役務の提供者の死亡、などの類型が挙げられます。
しかし、裁判所が、根本的な相違を認めることは稀です。例えば、契約の目的物の滅失(冒頭のオフィスビルの火災での滅失の例もこれに当たります。)についても、次のような事例があります。
傭船契約において、船主と傭船者双方の過失によらずに傭船が甚大な損害を受けて、その傭船の使用が不可能となった事例で、フラストレーションが認められず、船主の履行義務が消滅しなかった例があります(*3)。
このように、もし契約に不可抗力条項がなく、フラストレーションによる免責に頼らざるを得ない場合、根本的な相違が認められないため、義務から解放されないという事態が、十分に予測されます。
市況の変化による労働者の不足は不可抗力なのか
とはいえ、本件のような労働供給のひっ迫が不可抗力に当たるかと言うと、なかなか難しいのではないかというのが、私見です。
もし、工事業者側でこのような事態が生じたときの価格変更又は納期延長を主張したいのであれば、一般的な不可抗力条項を入れるのみならず、契約書に労働供給のひっ迫に基づく価格変更権・納期延長権を明記しておくべきでしょうね(発注者はまず飲まないと思いますが)。
まとめ
今回は、フラストレーションに関するリーディングケースとともに、英国法を準拠法にしたときの不可抗力条項の重要性について紹介しました。
次のとおり、まとめてみます。
お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 Davis Contractors Ltd. Appellants; v Fareham Urban District Council Respondents [1956] A.C. 696
*2 J Lauritzen AS v Wijsmuller BV (The Super Servant Two) [1990] 1 Lloyd’s Rep 1
*3 Bunge SA v Kyla Shipping Co Ltd [2012] EWHC 3522 (Comm)
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!
他にも、こちらでは英国の判例を紹介しています。
よければご覧ください!