【英国LLM留学】修士論文を書き上げるまで#5
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
ぼくは、イギリスに留学中の弁護士です。
2023年にキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)のロースクール(LLM)を修了し、現在は、ロンドンの法律事務所に出向中です。
前回に引き続き、修士論文(dissertation)を完成させるまでの記録です。途中から読まれた方は、色々と聞きなれない単語があり、読みにくいかもしれません。もしよければ第1回から順に読んで頂けると、修士論文の作成過程を疑似体験できるかもしれません!
前回は、修士論文の一部分の提出までのところまでを書きました。
2023年8月中旬:修士論文を書き進める
前回書いたとおり、指導担当の教授のフィードバックをこの時期に受けたのですが、それと並行して、修士論文を書き進めていました。
6月下旬にイントロダクションと第1章の草稿を提出した際に、修士論文の構成を作っていたので、あとはひたすら書き進めるのみです。
年明けの研究計画の提出ぐらいの時期から8月に入るまでは、アイデア出しや論拠となりそうな文献の探索、構成の練り直しなどで、結構大変で苦しいときもありました。ただ、この時期は、ほとんどの時間を修士論文に費やしていたものの、しんどかった記憶はありません。きっと、書くことが決まっていたからでしょうね。
ぼくは、修士論文を書くとき、次のような点を念頭に置いていました。プレセッショナル・コース(*1)で学んだことや、指導担当の教授からのアドバイス、それにぼくが勝手にこだわっていることも含みます。取捨選択の上で取り入れて頂ければと思います!
主張=論拠(=小論拠+小論拠)+論拠(=小論拠+小論拠)という構成を心がける
この見出しで伝わるでしょうか、、?
要するに、その修士論文で主張したいこと(thesis)(*2)は、①複数の論拠で支えるとともに、②論拠自身も何らかの論拠に支えられているべきということです。
まず、①ですが、これまで何度も書いているとおり、ぼくは、修士論文とは、ある学術的な主張(thesis)を説得的に論じる文書だと考えています。
その意味で論拠は多い方が良いですし、何より論理を組み立てやすいです。これは学術的な内容ではないですが、例えば、「Aさんは素敵な人です。なぜなら、他人に優しいからです。」よりも、「Aさんは素敵な人です。なぜなら、他人に優しいし、ユーモアもあるからです。」の方が、Aさんの魅力を説得的に伝えられています(よね?)。
次に、②ですが、thesisを説得的に論証するには、何をおいても堅牢な論拠です。ただ、残念ながら論拠が自明ではなく、論拠を説得的に論証するために論拠を持ち出さなければいけない場合があります。
たとえば、「Aさんは他人に優しい」という論拠を説得的なものにするために、Aさんが友達にノートを見せてあげたエピソードを紹介する必要があるかもしれません。
Aさんの例は学術的な話ではありませんが、似たような事態が社会科学では頻繁に起こるように思います。というか、そんなことが起こらない簡単な論理構造の主張であれば、間違いなく既に誰かが結論を出しており、thesisのオリジナリティが認められないような状況になっているはずです。
このような「主張=論拠(=小論拠+小論拠)+論拠(=小論拠+小論拠)」スタイルでの書き方は、プレセッショナルコースで教わったものです。もともと、何となく思っていたものの、改めて言葉で説明されて、「確かに!」と納得したので、ぼくは、基本的にこのスタイルを守りながら、修士論文を書き進めていきました。
論拠の連鎖の終点は信頼できる他者の意見(又は自明の事実)
ぼくが、論拠を支える論拠、を支える論拠、を支える論拠、、という連鎖をどこまで続けたかというと、信頼できる他者の意見、つまり論文なり学術書、公的機関の報告書などを論拠にできるところまで続けました。
この「信頼できる」というのが個人的にはミソで、ぼくのような素人目で見ても、ちょっと根拠が弱いなと思うものには、更にさかのぼってその根拠を支える根拠も示すこともします。これを続けていくと、そのトピックで修士論文を書くときに押さえておくべき文献を漏らしてしまうリスクが減っていくはずです。
それか、自明の事実が終着点となってもよいです。何を自明とするか、事実とするかは、主張したい内容や学問の分野によると思いますが、要するに、論拠の説得性が損なわれないものであればいいと考えています。
一つの段落に、一つの論拠
ここまでで述べたようなスタイルで文章を書いていくと、膨大な数の論拠が、thesisを頂点としたピラミッド構造のように積み重なっていきます。
なので、ぼくは、一つの段落の中で、可能な限り、二つ以上の論拠を展開しないことを心がけていました。
なかなか面倒な作業ですが、修士論文のリーダビリティ向上に役立つとともに、評価者に対して、自分がthesisを主張するに至る過程をきちんと整理できていることのアピールにつながるはずだと信じて、当時は修士論文の作成に取り組んでいました。
一つの段落は「論拠→小論拠→例示/言い換え/補足→小論拠…」という構成にする
ぼくは、可能な限り、一つの段落が見出しのような構成となるように心がけていました。よく言われる、まずは結論、ということですね。このルールを全ての段落に適用します。
プレセッショナル・コースでも、西洋のアカデミックな文章は、基本的にこのルールを守っているということでした。であれば、修士論文の読み手(論文に成績をつける人)に対しても、こちらの主張を伝えやすいと思います。
ただ、実際に文献に当たってみると、この構成で書いていないものも相当数あったので、そこまで厳密ではないのかも知れません。とはいえ、ぼくのようにアカデミックな文章を書きなれていない人は、基本に忠実にいくとよいかなと思います。
非英語文献は躊躇なく使ってよい
ロースクールに限らず、イギリスの大学院で学んでいると、日本では常識だったことが常識とはされていないことが少なくないと思います。この驚きは、きっと修士論文のトピックを選択するきっかけの一つになりますよね。
友人に聞いても出身国の法律学との比較研究の手法を採用する人は多かったです。そうなると気になるのは、「日本では○○である」と言うときの論拠として、日本の文献を利用できるかという点ですよね。
日本の規制のサンドボックスに関して論じた英語の文献はほぼ皆無だったので、この疑問はぼくにとってクリティカルでした。もし、NGとなるとトピックの変更を強いられるかもしれません。
そこで、ぼくは、2月の研究計画の作成に際して、指導担当の教授に質問してみました。教授によれば、「OKです。比較研究はLLM生の修士論文でポピュラーなものです。ただし、英語文献と同様に、文献が特定できるようにしてください。」ということでした。
ここで素朴な疑問として浮かんだのですが、修士論文の評価者は日本語が読めないはずです。そうなると、例えば「日本では、物権的請求権という民法典に明示の規定がない権利を認めるのに極めて消極的である(『民法の基礎2 物権 第3版』佐久間毅)」みたいな嘘八百を並べて(でも、出典元は実在の文献)、都合の良いように利用もできる気がします(笑)
博士論文や権威のある研究誌の論文では、きっと厳格なルールが設定されていると思いますが、修士論文のレベルだと多くは求められないということだと思います。
ちなみに、当然ですが、ぼくは嘘八百のでっちあげはしていません!(笑)
文献引用の方式はOSCOLAにすべき?
社会科学の論文では、APAやChicagoなどがメジャーなサイテーション(文献引用の方式)だと理解しています。ただ、イギリスの法学の学術文献については、ほとんどが、OSCOLA(Oxford University Standard for Citation Of Legal Authorities)という方式を採用しています。
読む分には、このOSCOLAで書かれている文献は読みやすいので好きです。また、KCLのロースクールの教授も、エッセイのサイテーションはOSCOLAを強く勧めてくることが多いです。修士論文についてもOSCOLA推しでした。
ただ、このOSCOLAって世界的にはマイナーで、文献閲覧のサイトに注釈文のジェネレーターが付いておらず、Wordも対応していないので、マニュアルで脚注・文末脚注を作って人力で張り付けていく必要があります。
ぼくは、読み手からの評価のことも考えて、OSCOLAを選択したのですが、かなり手間がかかりました。次に論文を書くなら、APAなどのメジャーな方式にしようと思っています。
なお、OSCOLAのルールは、Swansea Uniのサイトがとても分かりやすいので、参考にされてみてください。
2023年9月1日:修士論文提出
さて、講釈をたれてばかりでしたが、8月末には修士論文が書きあがりました。何度か読み返して、最後の化粧直し的な修正を済ませます。
結局、提出したのは、9月1日の正午ぐらい。締め切り時間の3時間前でした。ポータルを通じてWordファイルを提出すると、学内アドレスにメールが届きます。
やっと終わったー、という感じでした。
もともと修士論文を書くことを楽しみの一つにKCLのロースクールにやってきたので、司法試験の最終日の短答が終わったときのような気分になっていました。
2023年11月20日:成績発表
実は、22‐23年度のKCLでは、教授たちが待遇の改善を求めてストライキを行っており、授業が休講になることもありました。そして、一部の教授は採点を拒否するという対抗措置もとっており、成績がなかなか発表されないモジュールもありました。
そのせいか分かりませんが、結局、修士論文の成績を含む全ての成績がまとめて返却されるのが、11月下旬にずれこみました。
そして、第1回のエントリーでも書いたように、ぼくの修士論文は、74点で、無事に優(Distinction)を取ることができました。
色々な友人との話を総合すると、修士論文の成績は甘めにつくらしく、Distinctionをもらった人も少なくないのですが、そうはいっても、なかなかの評価だったと自画自賛しています!
その後
2023年11月28日:指導担当教授からのコメント
成績発表からしばらくして、学生課から、「あなたの指導担当であるLu教授からのコメントです」といって、次のコメントをもらいました。
修士論文を作成するときに心がけていたところはきちんを評価されていたようで安心しました。Lu教授のコメントがコピペでなければ、ですが(笑)
あと、気になったのは、修士論文の採点は誰?ということですね。
公平性の観点から、てっきり指導担当ではない人がやるものだと思っていたのですが、違うのでしょうか。もし指導担当が採点に関わるのであれば、良い成績が欲しい人は、どんどん指導担当の教授に絡んでいくべきですね。
2023年12月:優秀論文へのノミネート→受賞ならず
成績が返却されてしばらくして、また学生課から、メールが届きます。
あなたの修士論文が優秀な成績を収めたことをお祝いします。非ネイティブのロースクールの学生によって書かれた修士論文のオブザイヤーにエントリーしますか?
といった内容でした。意気揚々とエントリーをしたのですが、「12月〇日までに連絡がなければ選ばれなかったということでご了承ください。」ということで、わくわくしながら受賞の連絡を待っていたのですが、その日までに連絡は来ず、、。
もしかしたら、と心のどこかで期待していたものの、そうは甘くなかったようです。受賞したら、LinkedInにドヤ顔で投稿してやろうと目論んでいたのですが、皮算用でした。
まとめ
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
ぼくがKCLのロースクールでの勉強で一番力を入れた修士論文の完成までの記録はこれで以上です。
こちらの留学準備体験記もそうですが、ありのままの記録の方が皆さまの役に立つだろうと思い、事実を時系列に沿ってそのまま書き連ねることを心がけました。
n=1の記録ではありますが、こんな風に書き進めていけば、これぐらいの出来上がりになるんだ、ということは感じて頂けたかなと思います。ぜひ、参考になりそうなところだけ、参考にされてください!
このエントリーがどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
また次回もよろしくお願いします!
【注釈】
*1 プレセッショナル・コースって何?という方は、こちらをご覧ください!
*2 一応、"thesis"には「主張」という訳を当てていますが、ぼくは英語でしか修士論文の書き方を教わったことが無いので、この訳で果たして正しいのか分かりません。もし、相違あればご遠慮なくお知らせください!
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
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