【英国法】対ロシア制裁の現状 ー政府のガイダンスのまとめー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
本日は、イギリスのロシアへの制裁について、書きたいと思います。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、イギリスは様々な制裁措置を取っています。これらの措置が企業活動に与えている影響は思いのほか大きく、イギリスに拠点を持つ日本企業も、対応に神経をとがらせています。
正直に言うと、ぼくは、この分野は全くの専門外です。だからこそ、せめてイギリスのロシアへの制裁に関して、概略だけでもイメージを持っておいた方が良いだろうと思い、ぼくのインプットも兼ねて、今回はこのテーマを選びました。
そのため、実際にこの分野に従事されている方(商社の方、金融機関の方、輸出入管理に従事されている方など)がこれを読んで、何か業務の指針にするといったことはないと思います。
本当に概略的なところだけで恐縮ですが、ぼくのように、対ロシア制裁の現状をざっくりと知りたい人が「ふーん、そうなんだ」ぐらいに思ってもらえる内容を目指しました。その点、ご承知おきのうえで、お読みください!
なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。
法的枠組み
Sanctions and Anti-Money Laundering Act 2018
EU加盟国時代のイギリスは、基本的にEUレベルで設定された制裁措置に従うかたちでした。しかし、Brexitが決定的になり、イギリスにおいて、独自の制裁措置を課す仕組みが必要となります。
そのような背景で制定されたのが、Sanctions and Anti-Money Laundering Act 2018(SAMLA)であり、現在のイギリスにおける制裁措置に関する主要な法律です。
The Russia (Sanctions) (EU Exit) Regulations 2019
ロシアに対する制裁措置は、SAMLAを具体化した二次法であるThe Russia (Sanctions) (EU Exit) Regulations 2019(以下「Russia Regulation」と言います。)に多くの定めが置かれています。
この規則に2019と付いていることからでわかるように、実は、SAMLAに基づくロシアに対する制裁措置は、2022年のウクライナ侵攻ではなく、それ以前から行われていました。
対ロシア制裁の数が異常
イギリスは、新たな制裁措置を発動したり措置の対象を拡大したりするたびに、二次法によりRussia Regulationに変更を加えてきました。
その履歴がこちらです。
これをまとめるのは不可能なのでは、、?
これまでのRussia Regulationの改正(≒対ロシア制裁の発動)のポイントは、合計21回にのぼります。シンプルにこの経過を追っていくだけでも、おそらく3万字あっても足りません。
なお、ぼくはこの記事を書くにあたり、こちらの政府のガイダンスを参照しました。
政府のガイダンスは、普段は簡潔にまとまっていて、ぼくがわざわざ解説しなくてもこれを直接読めばいいじゃん、という場合が多いのですが、ロシア制裁のガイダンスに関しては、気が遠くなるような長さになっています。
というわけで、以下では、本当に簡潔にまとめます!(と言いつつ、7000文字を超える記事になってしまいました)
ぼくが冒頭でさんざん予防線を張っていた理由をお判りいただけたでしょうか。ちょっと素人が手を出す分野ではなかったようです(笑)
適用範囲
ここでは各制裁措置の細かい要件の該当性というよりは、Russia Regulationの適用範囲について説明します。
Russia Regulationを遵守しなければならない主体
まず、Russia Regulationに基づく制裁措置は、イギリス全域に効力が及びます。つまり、国籍や設立準拠法に関わらず、あらゆる自然人と法人は、一般的に、イギリスにおいて制裁措置に反する行為を行うことが禁止されます。
次に、イギリス人や英国法人は、世界中のいかなる場所に所在する場合であっても、制裁措置に反する行為を行うことが禁止されます。
制裁リスト
もっとも、資産凍結や入国禁止などの特定の制裁について、指定を受けた個人又は団体のみに適用されるものもあります。
こちらは、Russia Regulationのみならず、その他の制裁措置に関する二次法(*1)に基づき指定された個人又は団体のリストです。
制裁の種類
これはロシアへの制裁に限った話ではありませんが、制裁措置は、次のように分類することが可能です。
我ながら、洗練されていない和訳だと思います(笑)
適切な言い方があれば、こっそり教えてださい。
もっと細かい分類法や、これに含まれない制裁もあり得るとは思いますが、今回は、これら4つに関する対ロシア制裁を簡単に見ていきます。
金融制裁
資産凍結
分かりやすい制裁ですね。対象となる個人・団体を指定して、彼らの銀行口座や他の経済資源の処分を禁ずる措置です。
証券・金融商品取引規制、融資規制
段階的に制裁対象が拡大されていったため、重層的な規制となっています。
最大公約数的に書くならば、少なくとも現時点以降に発行された証券・金融商品(*2)のうち、ロシア政府が発行したもの、ロシアに関係する者(*3)が発行したものなどにつき、直接的又は間接的に取引することが禁止されます。また、これらの者などに対する融資も禁止されています。
SWIFTからの排除
これは、当時のニュースでも大々的に取り上げられており、なんとなく知っている人も多いはずです。要するに、銀行間の国際金融取引の枠組みであるSWIFTから、特定のロシア銀行を排除する(これらの銀行との取引を行うことを禁じる)措置です。
これにより、ロシア企業との取引の決済が極めて困難となります。
ロシア及びウクライナの非政府管理区域への投資の禁止
Russia Regulationは、ロシア及びウクライナの非政府管理区域(*4)への投資を禁止しています。具体的には、土地の取得、資金提供、資本提携、及び、子会社の設立などが挙げられています。
※ なお、これ以降も、地域の範囲が問題となる場面において、「ウクライナの非政府管理区域」が基本的に含まれるものの、たまに含まれない場合もあります。この区別に逐一言及していくと、記事のボリュームが膨大なものになるため、途中で断念しました。ご了承ください。
外貨準備・資産管理に関するサービスの規制、信託サービスの規制
ロシアの中央銀行等に対して、外貨準備(Foreign exhange reserve)及び資産管理を目的とした金融サービスを提供することが禁止されています。
また、ロシアに関係する者を受益者とする信託サービスの提供も禁止されています。信託サービス自体が金融サービスの一形態であるため禁止されている面もありますが、何より、信託をかませて真の権利者を見えにくくすることを防止する意図があるのではないかと思います。
取引に関する制裁
輸出の禁止
特定の品目について、ロシアへ輸出したりロシアで使用するために輸出したりすることが、原則として、禁止されています。
ぼくらのような非専門家がイメージする制裁と言えば、金融制裁における資産凍結か、この輸出(入)の禁止だと思います。
特定の品目には、軍事やエネルギーに関連する物品などが含まれます。一覧にしようとも思いましたが、膨大になるため自重します。基本的には、日本の外為法のリスト規制にかかるような物品が対象となっている印象です。
輸入の禁止
ロシアを原産地とする特定の品目について、原則として、輸入が禁止されます。つまり、ロシアが直接の輸出先でなくとも、出所がロシアである限り、第三国を迂回したとしても制裁にひっかかり得ることを意味します。
特定の品目には、軍事に関する物品や、石油・LNG、ダイヤモンド、金などが含まれます。こちらも、輸出の禁止の項と同様に、列挙することはしません(諦めました)。
ロシアと第三国間の物品の移転の禁止
輸出入の禁止に加えて、特定の品目について、第三国からロシアに移転することや、ロシアから第三国に移転することが禁止されています。
第三国からロシアへの移転に関しては、軍事やエネルギーに関する物品、ぜいたく品などが含まれています。逆にロシアから第三国への移転に関しては、鉄鋼製品、石油、ダイアモンドなどの物品が対象です。
留意すべきなのは、ロシアへの移転なのか、ロシアからの移転なのかで、対象となる物品が違ってくるところでしょうか。
物品及び技術を取得させることの禁止
特定の物品や技術を、ロシア国内で又はロシアに関係する者に利用せしめることが禁じられています。
実際の規定を読んでみるとなかなか複雑に思えるのですが、上記の特定の物品の輸出の禁止や、技術移転の禁止(後述)の抜け穴を防ぐことを意図した規定であると理解しています。
技術移転の禁止
特定の技術について、ロシア国内又はロシアに関係する者に移転することが禁止されています。ここでいう「特定の技術」は、上記で述べた輸出が禁止されている「特定の品目」に関する技術とほぼ同じです。例えば、特定の品目として量子コンピュータがリストされており、これに対応する特定の技術として、量子コンピュータ技術がリストされている感じです。
技術支援の禁止
ここまで述べてきた「特定の技術」又は「特定の品目」に関連する技術支援を、ロシアと関係ある者に提供したり、ロシアで利用することが禁止されています。技術支援にも複雑な定義がありますが、語感から想像される行為とそんなに変わらなかったので、ここでは詳しく説明しません。
金融サービス・仲介サービスの禁止
「特定の技術」や「特定の品目」に関連して、金融サービスをロシアに関係する人物に提供したり、仲介サービスを行うことも禁止されます。
その他のサービスの禁止
これらの他にも、ロシアと関係のある者に対して、又は、ロシア国内において提供される場合であって、一定の要件を満たすときに、提供することが禁止されるサービスがいくつかあります。これには、保険や再保険、インフラ関連、コンサルティング、ソーシャルメディアサービスなどが含まれます。
このような禁止措置がある影響で、制裁の対象となり得る行為の範囲がグッと広がっている印象を受けます。
例えば、我々のような法律サービス業者についても、ロシアと関係のある者に対する一定の内容のサービスが制限されています(*)。
輸送に関する制裁
航空機、船舶のそれぞれに対する制裁があります。
航空機に関する制裁
ロシアと関係のある者その他指定された人物が所有・チャーターしたり、運航したりする航空機が、英国上空を飛行すること、及び、着陸することを禁止しています。
また、空港の運営者は、大臣の指示に従い、ロシアと関係する航空機を留置し、特定の空港に引き渡す義務を負っています。
船舶に関する制裁
ロシアと関係ある者その他指定された人物が所有、傭船又は運航する船舶、及び、ロシア船籍やロシアの国旗を掲揚している船舶について、英国内の港に入港することが禁止されています。
航空機に関する制裁と同様に、これらのロシアの船舶は、港湾において留置されたり、特定の場所への航行を命じられることがあります。
入国・在留に関する制裁
指定された者は、英国への入国(トランジットを含む)と滞在が禁止されます。
当然、ビザ申請も拒否されることになり、既に滞在している者については、在留許可が取り消されて国外退去の措置が取られます。
また、航空会社に対しては、指定された者の搭乗を拒否することが義務付けられています。
おわりに
いかがだったでしょうか。
本日は、イギリスのロシアへの制裁について、ごく簡単にではありますが、まとめてみました。
ここまで書いてみて思ったのですが、取引に関する制裁は、極めて広範ですね。その他3つの制裁は、関連する業種が相当程度限定されている一方で、取引に関する制裁の場合は、ロシアと関連するほぼ全ての取引が制裁の対象となりかねないように感じます。
実務担当者としては、実際に制裁にひっかかるか否かの判断は自身で出来ないにしても、「もしかしたら制裁が問題になるかも」というアラートを頭の中で鳴らせるかどうかが、肝となりそうです。
その意味で今回の記事が、日々の業務の気づきのきっかけになっていれば嬉しいです。そして、アラートが鳴った場合は、(ぼく以外の)弁護士や専門家に相談してみてください(笑)
ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
【注釈】
*1 例えば、いわゆる北朝鮮に対する制裁措置に関するThe Democratic People's Republic of Korea (Sanctions) (EU Exit) Regulations 2019など。
*2 ここでは、細かい定義を省いています。当然、実際に取引の可否を検討する際には、定義の確認も含めて、極めて慎重な対応が必要です。
*3 同上
*4 クリミア、並びに、ドネツク、ケルソン、ルハンスク、及び、ザポリツィアの非政府支配地域をいいます。
*5 s. 54D, Russia Regulation
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
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