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【英国判例紹介】Central London Property v High Trees House ー約束の禁反言ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Central London Property v High Trees House事件(*1)です。

以前、約因(consideration)に関する著名な判例として、Forkes v Beer事件を紹介しました。

実は、もともとは今回の事件を紹介する前提となる判例として、このForkes v Beerのことを書いていたのですが、思いのほか分量が増えてしまったため、独立した一つの記事とした経緯があります。

High Trees事件として知られる今回の判例は、近代の英国司法史において最も有名な裁判官の一人であるAlfred Thompson Denning元最高裁判事が、交際裁判官であった時代に、Forkes v Beerのルールに切り込んだ事件です。

実務上も重要な判例ですので、今回ご紹介いたします。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

Central London Property社(原告・貸主)は、High Tree House社(被告・借主)に対して、1937年9月29日から99年間、年2,500ポンドでアパート一棟を賃貸しました。

1940年頃から、第二次世界大戦の影響でアパートへの入居が振るわず、被告は、入居者からの賃料で貸主への毎年の賃料の支払いを賄えなくなります。そこで、原告と被告は、1940年1月3日、賃料を2,500ポンドから1,250ポンドへと減額することに合意します。

被告は、その後、減額された賃料を払い続けます。1945年に入ると、アパートの入居者は全て埋まったものの、被告は、引き続き減額後の賃料を払い続けます。

1945年9月、原告は、被告に対して、賃料は2,500ポンドで支払われるべきであるという内容の書簡を送るとともに、法的立場を確認するため、1945年9月~12月分の賃料の支払いを求める訴訟を提起します。

被告は、賃料の減額は、賃借期間中有効であり、そうでなくとも、原告が賃料を従来の金額に戻す書簡を送るまでの間は差額分の請求権を放棄したと主張します。

争点:約束をした当事者が約束した行為に反することを衡平法は認めているのか?

上記の争点は、問題を簡略化したもので、必ずしも本事件の争点を正確に表現したものではありませんが、要するに、「約束をした当事者がこれに反する行動をすることを認めない」という、約束の禁反言(promissory estoppel)が本件の原告に認められるのかということです。

Forkes v Beerのおさらい

英国法の下では、契約が拘束力を持つためには、合意が約因に支えられていなければなりません。つまり、対価のない義務を負担する合意は契約とはならないというのが、英国法の考え方です。Pinnnel事件での格言ですね(*2)。

より少ない金額をより多い金額の満足として当日に支払うことは、全体に対する満足にはなり得ない

Forkes v Beerでは、この格言に従い、債務者が一部を弁済して残額を分割払いすることを条件として、債権者が利息を請求しないという合意には、約因が無いと判示しました。

そのため、Forkes v Beerは、単なる債務の一部免除の合意は、約因を欠くために無効であるという考えの根拠となっています。

これに従うと、本件の貸主は、ただ賃料を減額することを約束しただけであり、約因を欠くものとして賃料の減額は無効であり、その結果、貸主である原告の請求は認められることになりそうです。

裁判所の判断

原告の請求額(1945年9月~12月分の賃料)は、認容されました。
しかし、傍論で、原告は、第二次大戦中に行われた差額を請求することは認められないとされました。

つまり、賃料減額の合意は、約因が無かったにも関わらず、一定の拘束力を有すると、傍論ながら述べられたのです。

Deninng裁判官は、次のように述べています。

(いくつかの判例を挙げた上で)裁判所は、コモンローの下ではその約束に約因を見つけることが困難であったとしても、その約束は当事者を拘束するものであるとした。裁判所は、このような約束の違反に対して請求原因を与えるには至っていないが、約束をした当事者が約束に反した行為をすることは認めていない。その意味において、また、その意味に限り、このような約束は禁反言を生む。(いくつかの判例を挙げて)これらは、衡平法上、当事者がこのような約束を反故にすることは許されないとする十分な根拠となる。私の意見では、このような約束の有効性が認められる時が来た。その論理的帰結として、より大きな金額を支払う代わりにより小さな金額を受け取るという約束は、それが実行された場合、約因の不存在に関わらず、拘束力を持つということに疑いない。

考察

約束の禁反言のきっかけとなった判例

本事件は、下級審の判決であり、かつ、Denning裁判官が約束の禁反言に言及した部分は傍論(obita dictum)です。傍論と言うのは、判決の主文(本件では、「1945年9月~12月分の賃料を支払え」という部分)を導くために直接必要とされる理由ではない部分をいいます。Denning裁判官は、第二次大戦後の賃料については減額を認めておらず、そこさえ言えれば、判決の主文を導くのは十分であり、第二次大戦中の賃料についての言説は、判決とは関係ない部分であるというわけです。

それにも関わらず、本事件が約束の禁反言のきっかけとなった判例として理解されており(*3)、相応の権威を持っています。

その背景には、当事者が拘束力を持たせる意図で約束をしたにも関わらず、約因が無いため拘束力が発生しないという英国法に対する素朴な疑問があったのではないかと思います。

約束の禁反言の要素

本事件とその後の判例の展開を踏まえて、約束の禁反言を主張するためには、一般的に、次の事情が認められることが必要と言われます。

① 債権者が法的権利を主張しないという明確な約束があること
② 債務者が①の約束に依拠したこと
③ 債権者が①の約束を反故にすることが不公平、非良心的であること

日本法における禁反言の原則とあまり変わりませんね。

約束の禁反言は盾であり剣ではない

Denning裁判官は、のちに担当した事件(*4)において、High Treesの原則は、当事者が自らの法的権利を行使することを認めることが不当である場合に、その主張が妨げられるだけであると述べて、約束の禁反言を請求原因とすることはできないと説明しています。

このことは、約束の禁反言は盾であり剣ではないと表現されます。

つまり、約束の禁反言は、約束を反故にして訴えてきたものに対する抗弁として使えるが、約束を反故にされたために損害を被ったとしても、それを理由に損害賠償請求訴訟を提起することは出来ないという意味です。

Denning裁判官のファンクラブ

本判決がForkes v Beerへの挑戦であったように、Denning裁判官は、他にもコモンローに変容を加えるような多くの判決を出しています。また、Denning裁判官の判決文は、一般的に書かれるような長ったらしく分かりにくいものではなく、誰もが読みやすいように書かれていたようです(ぼくの英語力では、どっちにしろ読むのに苦労しますが、、)。

このような特徴的なスタイルから、Denning裁判官は結構な人気で、彼の出身校であるオックスフォード大学には、彼のファンクラブがあると聞いたことがあります。

もっとも、Denning裁判官の判決には批判も多く、ぼくがいつも参照しているO’Sullivanの教科書では、あんまり良いようには書かれていないように感じています(笑)

Denning裁判官個人の話はさておき、本事件に端を発する約束の禁反言は、実務上も重要だと思っています。

ただ、いざ紛争になったときに、約束の禁反言に頼るのは不安すぎるので、やはりFokes v Beerを念頭において、債務の一部免除の合意は、契約証書(Deed)の形式で行った方が良いと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【注釈】
*1 Central London Property Trust Limited v High Trees House Limited [1947] KB 130
*2 Pinnel’s Case (1602)
*3 Denning裁判官が本判決でも引用しているHughes v Metropolitan Rly Co (1877) 2 App Cas 439が約束の禁反言の源流であり、彼がそれを復活させたと解されることもあるようです。
*4 Combe v Combe [1951] 2 KB 215


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