【英国判例紹介】Channel Group v Balfour Beatty ーハイブリッド準拠法の有効性ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
これまで、ぼくの専門分野に関する法律の豆知識を紹介してきました。
今回は、【英国判例紹介】と題して、興味深い判例を紹介したいと思います。初めは、本家のあれに似せて【英国判例百選】にしようかと思いましたが、100個も続ける自信がないので、50個ぐらいまで紹介できるようになったら、こっそり直そうかと思います。
今回ご紹介するのは、Channel Group v Balfour Beatty事件(*1)です。
みなさんは、英仏海峡トンネルをご存じでしょうか。ユーロスターが通っているトンネルといえば、ピンとくるかもしれません。
本判決は、当時の一大プロジェクトであった英仏海峡トンネルの建設工事の中で起こった紛争に関するものです。
いつものディスクレですが、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
では、始めます。
事案の概要:英仏の未来を担う一大プロジェクトで紛争が起こる
Channel Group(原告)は、英仏海峡トンネルを建設するために、英仏企業のジョイント・ベンチャーであるBalfour Beattyら(被告)と工事請負契約(本件契約)をしました。
なお、本件契約では、当事者間の紛争は、最終的にはブリュッセルでの仲裁によって解決されることが定められていました。
その後、冷却システムの工事代金の支払いについて紛争が生じます。
被告が原告に対して支払いがなければ工事を中断すると迫ったため、原告は、被告の工事中断の差止め(ややこしいですが、要は工事を続けさせることです。)を求めて、イギリスの裁判所に保全処分の申立てを行いました。他方で、被告は、原告の申立ては仲裁合意に反するとして、裁判手続の停止を主張しました。
原審では、原告の申立てが認められ、工事中断を差し止める判断が出ましたが、控訴審では、被告の申立てが認められて、裁判手続が停止されました。
そこで、原告は、工事中断の差止めのため、貴族院に上告しました。
争点:カオス過ぎる準拠法
原告のイギリス裁判所への保全処分の申立てが、「紛争をブリュッセルでの仲裁で解決する」という本件契約上の合意に反するものとして、認められないのか/認められるのかが、主な争点です。
そして、問題を複雑にしているのが、本件契約の準拠法に関わる規定です(太字はぼく)。
本件契約上の合意の有効性は、英国法とフランス法に共通する原則に従って解釈すると定めています。一目で分かるヤバさですよね、、、。
万が一、紛争になったとき、具体的に何のルールに従って契約を解釈すればいいのか、見当がつきません。アソシエイトがこの文案のレビューを上に回したら、温厚なパートナーでも殴りかかってくるんじゃないでしょうか。
なぜこの規定が問題を複雑にしているかというと、本件の争点のキーポイントの一つは「紛争をブリュッセルでの仲裁で解決する」という本件契約上の合意であり、その解釈を、英国法とフランス法に共通する原則に従って行うことになるからです。
今回紹介する貴族院の判決では、このカオスについては、あまり議論されていません。下級審の判決はちゃんと読めていないのですが、下級審では揉めに揉めているっぽいので、貴族院に来るまでに議論され尽くしたのかもしれません(笑)
裁判所の判断:Musill卿のコメントが秀逸
貴族院は、原告の上告を棄却しました。
原告は、被告による工事中断を阻止できなかったということです。
この判断に至る理由は、英国の仲裁法や当時の最高裁判所法の規定が絡んでくるので詳しい説明は省きます。
印象的なのは、主判事のMustill卿が残した結びのコメントです。
皮肉が効いてて、イギリスっぽいですね。
日本の裁判官がこういう言いまわしを判決文に含むのは、極めてレアだと思いますが、イギリスの裁判官は、こんな感じでフリースタイルです。
考察
英仏海峡トンネルプロジェクトの特殊性
「準拠法なんだから、英国法かフランス法のどっちかに絞れよ、、。」
ため息が聞こえてきそうですが、もし、ぼくが契約交渉を担当したとして、交渉をまとめられるかと言われると、ちょっと自信がありません。
なにせ、英仏海峡トンネルプロジェクトは、両国家も絡んだ極めて重要なプロジェクトであり、自分の国が損をするような条項を容易に入れられません。しかも、英国法はコモン・ロー、フランス法はシビル・ローのそれぞれ親玉なわけです。
付け加えると、準拠法は「midnight clause」と言われています。これは、準拠法の協議は、たいてい交渉の終盤に行われるものであり、準拠法の条項がまとまる頃には深夜になっているというジョークです。
本件契約の交渉を担当したのは、英仏の大手ローファームの弁護士だと思いますが、エリートの彼らもさすがに長期の交渉に疲れて、やけくそで準拠法の交渉をまとめてしまったのかもしれません。
ハイブリッド準拠法が無効と判断されたわけではない
もっとも、判決文を注意深く読むと、裁判官たちは、本件契約における「英国法とフランス法に共通する原則に従って契約の解釈を行う」という合意(ここでは、便宜的に「ハイブリッド準拠法」の合意と言うことにします。)が無効であるとは一言も言っていません。
Mustill卿の上記コメントを見返してみても、ハイブリッド準拠法に批判的ではあれど、それも当事者の選択であると突き放しているだけです。
ハイブリッド準拠法は有効なのか?(私見)
私見ですが、ハイブリッド準拠法であっても、英国の裁判所で判断される限りにおいては、明確な解釈基準を提供できるものであるなら(その作業がたとえ困難であっても)有効だと考えています。
関連する判例として、Sangi Polysters v KCFC事件(*2)では、「イスラムのシャリーアと抵触する可能性がある場合を除き、イングランド法に準拠する」という準拠法の合意が有効であると判断されています。
つまるところ、準拠法(*3)が影響を及ぼすのは、①契約の解釈と有効性、②当事者の権利と義務、③履行方法、④契約違反の結果などであり、契約当事者がこれらの帰結について合理的な予測を立てられるルールであるなら、どんなものであっても準拠法とすることができるし、裁判所としても別に不都合は無いだろう、というのがぼくの考えです。
これを突き詰めると、メタバースの文化が成熟して独自の慣習が確立してくれば、Sangi Polystersのように、「メタバースXYZのルールと抵触する可能性がある場合を除き、イングランド法に準拠する」という準拠法の合意も有効とされる日が来るかもしれません。
問題は、既に下火のメタバースが流行るかどうかですね。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
【注釈】
*1 Channel Tunnel Group Ltd and France Manche SA v Balfour Beatty Construction Ltd and ors [1993] AC 334, 347
*2 Sanghi Polyesters Ltd (India) v. The International Investor KCFC (Kuwait) [2000] 1 Lloyd's Rep 480
*3 今回のエントリーで取り上げている「準拠法」は、仲裁手続の準拠法(lex arbitri)を指すものではないとご理解ください。
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