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【英国判例紹介】Photo Production v Securicor Transport ー基本的違反の原則ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Photo Production v Securicor Transport事件(*1)です。

この事件は、英国の契約法における基本的違反の原則(principle of fundamental breach)について、最高裁が判断を下したものです。少し古い判例であるため、実務上は、本事件の判断は所与のものして扱いますが、今なお重要な判例であることに変わりはないため、紹介します。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

Securicor Transport社(被告・控訴人)は、警備サービスを提供する会社であり、1968年にPhoto Production社(原告・被控訴人)と契約を結び、約8ポンド/週の料金で、「原告の工場の夜間巡回サービスを提供し、週7日、1晩につき4回の訪問を行い、土曜日の午後に2回、日曜日の日中に4回の訪問を行う」ことに同意しました。

とある日曜日の夜、ただ一人の当直として勤務していた被告の巡回員は、故意に工場に火をつけました。たちまり火は制御不能になり、工場の大部分が焼けてしまいました。

この惨事によって、原告の被害額は、61.5万ポンドに及びました。そこで原告は、被告に対して、損害賠償請求訴訟を提起します。

これに対して、被告は、次の契約条項に基づき、責任を負わないと反論します。

いかなる場合においても、被告は、被告の従業員による加害行為や不履行について、当該行為又は不履行が雇用主である被告が十分な注意をはらうことにより予見及び回避できた場合を除き、責任を負わない。また、いかなる場合においても、被告は、(a)強盗、盗難、火災またはその他の原因により原告が被った損失について、当該損失が職務上行動する被告の従業員の過失のみに起因する場合を除き責任を負わない。

事件は、最高裁までもつれ込みます。

争点:基本的違反の原則の採否

基本的違反の原則とは?

Denning裁判官(当時)は、Harbutt事件(*2)において、裁判所におけるこれまでの判例の流れの中から、次のルールを見いだしたと述べます。

基本的違反の原則(principle of fundamental breach):
一方当事者が契約の基本的違反を犯し、他方当事者がそれを受け入れて契約が終了した場合、違反当事者は、例外条項や制限条項に依拠して違反の責任を免れることはできない

これまでも何度か登場してきたDenning卿です。大胆な理論と特徴的な語り口で、近現代のイギリスの裁判官の中で最も有名な人物の一人と言われています。

Denning卿がこの基本的違反の原則を見出した背景には、消費者を保護する意図があったようです。どういうことかというと、企業側は、自らが有利になるように過剰な責任制限条項をしばしば押し込みます。消費者が何らかの損害を被ったようなときに、このような過剰な責任制限条項が定められているがゆえに企業側に対して請求の手段がない、といった事態を防ぐことを基本的違反の原則に期待していたのです。

基本的違反の原則は存在するのか?

上記のとおり、被告は、上記の責任制限条項に依拠して、責任を負わないと反論しています。これに対して、原告は、基本的違反の原則を持ちだして、被告が契約の基本的違反を犯して原告により解除された以上、被告は責任制限条項に依拠することが出来ないと反駁しています。

このように、本件では、基本的違反の原則の採否が争点の一つとなりました。

裁判所の判断

原告の請求は棄却されます。
つまり、原告は、被告に対して損害賠償を請求することが認められませんでした。

もっとも、その理由は、基本的違反の原則が確認されたからではありません。まず、裁判所は、次のように述べています。

Harbuttの事件は、明らかに破棄されなければならない。

その上で、責任制限条項が責任を制限するものであるか否かは契約解釈の問題であり、違反が契約の解除または否認として扱われることを無実の当事者が正当化するようなものであっても、責任を規定する限りにおいて契約の条項が執行されないことはないと述べました。

考察

基本的違反の原則の問題点

本件で明確に否定されてしまった基本的違反の原則には、次のような問題があると指摘されていました。

まずは、「基本的違反」という用語が不明確である点です。さらに、実質的な問題として、Denning卿の動機は消費者保護にあったものの、基本的違反の原則は企業と消費者間の取引に限定されておらず、独立した企業間の交渉の結果決まったリスク配分を覆す懸念があったことです。

1977年不公正契約条項法(UCTA)の制定

実は、事件が起こってから、最高裁の判決が出るまでの間に、特定の責任制限条項の有効性の否定を含む契約条項の規制に関して、UCTAが制定されました。基本的違反の原則は、厳密にはコモンロー上の問題ですが、UCTAは、裏を返せば特定の責任制限条項を除いてはその有効性を否定しない法律でもあるため、実は、基本的違反の原則の妥当性は、この判決前に既に揺らいでいました。

基本的違反の原則に替わる責任制限条項の有効性の要件

裁判所は、責任制限条項の有効性は、契約解釈の問題だとしています。

より具体的に言えば、違反が重大であればあるほど、これに関する責任を排除するために必要な文言は明確でなければならないというものです。

本事件以降の判例

裁判所は、独立した商業者間の契約に基づいて定められた責任制限条項について、一切有効にしているわけではありません。上記に述べた契約解釈の問題として、責任を排除するための文言として十分明確ではないと判断することもあります。

例えば、フェリーの傭船契約において、「船主は、損害の種類を問わず、どのような原因によるものであっても責任を負わない」という条項について、有効性を認めませんでした(*3)。

これは、このような条項は、船主が意味のない義務を負うもので事実上契約ではなくなり、傭船者は、意味のない権利の見返りとして多額の賃借料を追うという結論になるからです。

まとめ

今回は、英国の契約法における基本的違反の原則に関する判例を紹介しました。

次のとおり、まとめます。

・ 基本的違反の原則とは、「一方当事者が契約の基本的違反を犯し、他方当事者がそれを受け入れて契約が終了した場合、違反当事者は、例外条項や制限条項に依拠して違反の責任を免れることはできない」というもの
・ Photo Production判決において、明確に否定された
・ 責任制限条項の有効性は、契約解釈の問題であり、違反が重大であればあるほど、これに関する責任を排除するために必要な文言は明確でなければならない

お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Photo Production Ltd v Securicor Transport Ltd [1980] AC 827
*2 Harbutt’s “Plasticine” Ltd v Wayne Tank & Pump Co. Ltd [1970] 1 QB 447
*3 Astrazeneca UK Ltd v Albemarle International Corporation (2011) EWHC 1028


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