
【英国判例紹介】RBS v Etridge (No2) ー不当威圧(undue influence)ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
ご無沙汰しております。
前回のこちらの記事から1か月以上が経っていました、、。
全く投稿をしていなかったのですが、意外とアクセスは減っておらず、おどろきました。記事を読んで下さったみなさま、ありがとうございます。
弁護士業務をしながら、こういう情報発信をしていくのは中々大変ですね。
とはいえ、ようやく日本に戻って生活のリズムが掴めてきたこともあるので、今後は、月2回の投稿を目指していきたいと思います!
さて、今回ご紹介するのは、Royal Bank of Scotland Plc v Etridge (No2)事件(*1)です。
この事件は、英国契約法におけるundue influence(不当威圧)と呼ばれる契約の無効ないし取消事由に関するリーディングケースです。
なお、このエントリーは、読みやすさの観点から、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
事案の概要
1988年8月、エトリッジ夫妻は、当時住んでいたハンプシャー・ロングパリッシュの住宅を売却することを決め、同じ街のラバストークにある住宅を購入することにしました。購入完了後、この住宅はエトリッジ夫人に単独所有される予定でした。
ラバストークの住宅の購入資金は、ロングパリッシュの住宅の売却代金と銀行からの新規融資で一部を賄うことになっていました(*2)。資金調達の手配はエトリッジ氏が行い、夫人は交渉には一切関与していませんでした。
1988年10月、エトリッジ夫妻は、銀行の代理人弁護士の事務所と面会しました。夫人は、ラバストークの住宅の取得に関するすべての書類に署名したのですが、実は、その書類の中にはエトリッジ氏の銀行に対する債務を担保するための抵当権に関するものも含まれていました。
代理人弁護士は、これらの書類の性質や内容について一切の助言をしませんでした。しかし、エトリッジ氏のことを信頼していた夫人は、これらの書類にサインしてしまいます。
その後、ロングパリッシュの住宅の売却とラバストークの住宅の購入手続が終わり、夫人は、ラバストークの住宅を取得し、銀行の抵当権等が設定されることとなりました。
1990年4月、銀行は、エトリッジ氏に対して、ローンの返済を要求し、その後、抵当権の実行によるラバストークの住宅の明け渡しを求めて、夫人に訴訟を提起します。
実は、当時、本件の他にも同種の事例が8件も係属しており、これらがまとめて最高裁(貴族院)で審理されることとなりました。
争点:妻が夫の債務に担保を差し出す場合、不当威圧により契約が無効となるか?
争点は小見出しのとおりなのですが、本判決以前の不当威圧に関する状況を整理した方が良いと思うので、以下で簡単に説明します。
不当威圧とは?
不当威圧について、確立した定義はありませんが、当事者間に信頼関係、または脆弱性と依存関係があり、このような関係から生じる影響が認められる場合に、契約を無効としうる法理です。契約は、個人の自由な意思により締結されるものであり、不当威圧は、その前提を欠くということなのでしょうね。日本語の「威圧」という字面から、強迫に似ているように感じられますが、両者は、別個の異なる無効事由です(*3)。
不当威圧の分類
不当威圧は、その性質上、具体的な証拠がないことがほとんどです。そのため、裁判所は、救済の実行性を確保するために、証拠による不当威圧の認定を次のように事案を分類した上で行なってきました。
・ クラス1:不当威圧が認められるためには、その証拠が必要である類型(actual undue influence)
・ クラス2:反証がない限り、不当威圧の証拠の存在が推定される類型(presumed undue influence)
・・・ クラス2A:常に、不当威圧を基礎づける信頼関係があるとされる類型(例、医師と患者、弁護士と依頼者など)
・・・ クラス2B:事実関係次第で、不当威圧を基礎づける脆弱性と依存関係があるとされる類型
不当威圧の要件について、クラス1とクラス2Aは、上記のとおりです。クラス2Bについては、不当威圧を基礎づける脆弱性と依存関係を立証するとともに、後述する明らかに不利益な取引であることを立証すれば、不当威圧の存在が事実上推定されます。クラス1は、関係性ではなくて不当威圧自体を立証する必要があるので、そこが違いというわけですね。
明らかに不利益な取引
クラス2Bにおいて、不当威圧の証拠の推定を生じさせるためには、その取引が明らかに不利(manifestly disadvantage)でなければなりませんでした。
しかし、この要件は、夫婦間の依存関係が争点となったときに問題となります。例えば、夫の事業のために妻の財産が担保に供されるような場合、家族の経済が夫の事業と密接に結びついているのであれば、明らかに不利とは言えないと説明することも可能だからです。
被告(夫人)の反論
被告は、住宅への抵当権設定が不当威圧によるものであって無効であり、住宅の引渡し義務を負わないと反論しました。
被告の反論は、エルトリッジ氏との関係が不当威圧を基礎づけるようなものであったというもので、医師と患者のような所定の関係ではないことから、クラス2Bであるという主張になりますね。
裁判所の判断
裁判所は、被告の反論を容れませんでした。この他の7件の事件のうち、本件を含む2件は棄却、残り5件は認容されました。
大まかに、裁判所は次のように述べています。
① 同居する夫婦の一方が他方の債務を保証することを申し出た場合、貸主は、常に調査を行うべきである。
② 銀行は、当該一方にリスクの性質を説明し、独立した助言を受けられるように、別途の打ち合わせへの出席を求める義務を負う。
③ 取引を進めるか否かの決定は、当該一方に委ねられなければならない。
④ 当該一方が独立した助言を受けていることを確かなものにするために、銀行は、直接当該一方と連絡をとり、銀行が当該一方の指名した代理人に要求する確認事項について、当該一方に十分に説明しなければならない。
考察
本判決は従来の分類を維持するものか?
この判決ですが、合計8件の事件に関する判決ということで、かなり長大で、しかも各裁判官が色々なことを言っています。そのため、従前の分類について批判的な裁判官もいました。その理由は、不当威圧の最終的な要件は、本人にそのような不当な影響力が与えられたか否かであり、推定された(presumed)、実際の(actual)といった用語が不必要な誤解を与えているというものです。
もっとも、どの裁判官も、従前のクラス1、クラス2A、2Bという分類を完全に否定しておらず、本判決はそのような分類について、全面的に放棄したものではないと解されています。
説明を要する取引
本判決は、クラス2Bの二つ目の立証対象である「明らかに不利益な取引」について、誤解や曖昧さが生じているとして、対象を「説明を要する取引」という表現に変更しました。
クラス1とクラス2Bの違い
本判決は、クラス2Bの二つ目の立証対象に変更を加えるとともに、クラス1とクラス2Bの違いを小さくさせるものだったとも言われています。
すなわち、本判決では、不当威圧を基礎づける脆弱性と依存関係を立証するとともに、説明を要する取引を立証しなければならないものの、仮にこれらの立証が成功しても、不当威圧が全体として存在したことをより一般的に裁判所に納得させる必要があることを示唆したといわれています。
まとめ
いかがだったでしょうか。
本日は、不当威圧に関するリーディングケースを紹介しました。
英国弁護士試験の勉強中に、重要だと理解しつつよく分からなかったので、こうして改めて判決を読み直してみましたが、やっぱりよく分かりません(笑)
本日が9月末日ということで、月一の投稿を維持するために大急ぎで書き上げたこともあり、ぼくの中でも未消化のままの箇所があるので、また時間を見つけて見直し、必要に応じて改稿したいと思います!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 Royal Bank of Scotland Plc v Etridge (No.2) [2001] UKHL 44
*2 実は、この事案では銀行のほかに信託ファンドも出てくるのですが、ここでは割愛しています。
*3 「不当威圧」という和訳は、とある書籍の記載に拠るのですが、英語だとundue influenceなので、もっと適切な和訳がありそうな気もします。
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!
他にも、こちらでは英国の判例を紹介しています。
よければご覧ください!