【英国法】Part 36 Offer ー民事訴訟のリーガル・ギャンブルー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
本日は、Part 36 Offerについて書きたいと思います。
英国法に馴染みのない人とっては全く初耳のワードでしょうし、英国の法律事務に精通している人であっても、その方の専門分野によっては聞いたことがないと思います。
ぼく自身、Part 36 Offerを実務で扱ったことはないですし、専門分野でもないのですが、日本法に携わる法務担当の方・弁護士にとっては思いもつかない制度であり、かつ、とても興味深いシステムということで、今回ご紹介します。
なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。
Part 36 Offerとは何か?
英国の民事手続規則(CPR(*1))第36章の定める特定の要件に従った和解の申出です。
つまり、Part 36 Offerは、英国の民事訴訟における用語です。詳細に入る前に、この制度が利用される背景事情についてご説明します。
英国の民事訴訟は費用がめちゃくちゃかかる
ロースクールのとある授業で、「イギリスの民事訴訟の特徴って何だと思う?」と訊かれたことがあります。ぼくは、アメリカと似たシステムだろうと思って「ディスカバリーですか?」と答えると、教授は、まあそれも無きにしも非ずだれど、と言ったうえで、「やっぱり訴訟費用がかかることだよね」と言っていました。
その教授によれば、英国のとある事件で、原告が和解を突っぱね続けて判決を得ることに固執したがために、1万ポンドの勝訴判決を得たものの、10万ポンド(≒1800万円)の訴訟費用の負担を命じられたというものがあるようです(*2)。
ここでいう訴訟費用は日本とは違って、弁護士費用も含まれます。それもあってこんなに高額になるのでしょうね。
日本では、不法行為に基づく損害賠償のときに弁護士費用として10%が上乗せされるぐらいですが、イギリスでは、確立されたルールの下、厳密に費用が計算されます。
高額な訴訟費用を背景とした裁判所の強力な訴訟指揮権限
イギリスの高額な訴訟費用は、裁判所による当事者の訴訟活動の合理的コントロールに役立っています。
訴訟費用の負担の命令は、裁判所の裁量によるところが大きく、例えば当事者がCPRやガイダンスを遵守しないことにより訴訟が遅延したような場合には、当該当事者は高額な費用負担を命じられる可能性があります。
そのようなこともあり、当事者(というかその代理人たる弁護士)は、裁判所の定めたルールに従うことに心血を注ぎ、書面等の提出期限の遵守に必死になるのです。
イギリスの民事訴訟のコストの問題はヤバいということを分かって頂けたでしょうか。前置きが長くなりましたが、Part 36 Offerの説明に入ります。
Part 36 Offerはギャンブルである
先ほど述べたとおり、Part 36 Offerは、CPR第36章の定める特定の要件に従った和解の申出ですが、具体的にはどういうものなのでしょうか。
しばしば、Part 36 Offerは、Legal Gambleと例えられます。
以下では、原告がPart 36 Offerを行った場合と、被告が行った場合に分けて、見ていきたいと思います。
原告がPart 36 Offerを行った場合
次のような事例を考えてみます。
① 被告がオファーを受諾
和解となります。
訴訟費用は原則として被告負担となるところ、標準的な基準で査定されることになります。
なお、Part 36 Offerを行う場合、申出側は21日以上の期間(関連期間)を設ける必要があり、この期間を過ぎると、申出側はオファーを撤回することが出来ます。
関連期間を過ぎたあとでも、申出側の撤回が無い限り、相手方はいつでもオファーの受諾が可能ですが、費用の計算は少し異なります。細かい話になるのでここでは割愛します。
② 被告がオファーを拒否
では、被告が申出を蹴ったときにはどうなるのでしょうか。この場合、さらに二つの場合に分かれます。
②‐1 その後、オファーと同額又はより高額な判決が出た場合
例えば、判決により、2.5万ポンドの請求権が認められた場合です。
つまり、被告としては、もしオファーを受諾していれば、自身に有利な形で訴訟を終えられたのに、その機会を逃したことを意味します。
この場合、原告は以下の権利を得ます。
加えて、被告には次の制裁金が科されます。
上記で挙げた例では、被告には、加重された利息や費用に加えて、2500ポンド(2.5万ポンド×10%)の制裁金を原告に支払うことになります。
かなり強烈な規定じゃないですか?
日本の裁判実務だと想像もつかないルールですよね。
なお、非金銭的請求に関するPart 36 Offerの制裁金についても定めがありますが、ここでは割愛します。
②‐2 その後、オファーより低額な判決が出た場合
この場合は、オファーを蹴った被告の選択は、結果的に正しかったことになります。
費用については、標準的な基準で算定されることとなり、原告によるPart 36 Offerの申出は、基本的に意味がなかったことになります。
被告がPart 36 Offerを行った場合
次のような事例を考えてみます。
① 原告がオファーを受諾
和解となります。
原告のPart 36 Offerに対して原告が受諾する場合と同じく、原則に従って費用は被告負担となり、その算定基準は標準的なものが使用されます。
② 原告がオファーを拒否
同じく場合分けしてみていきます。
②‐1 その後、オファーと同額又はより高額な判決が出た場合
例えば、判決により、2.5万ポンドの請求権が認められた場合です。
原告としては、オファーを蹴った選択が正しかったことを意味します。
この場合、訴訟費用は、通常の基準により算定され、被告がこれを負担することになります。
②‐2 その後、オファーより低額な判決が出た場合
こちらの場合は逆に、原告としては、もしオファーを受諾していればより有利な結果を得られたのに、その機会を逸したことになります。
この場合、裁判所は、不当でない限り、次の命令を下すことができます。
すなわち、原則として被告が負担すべきであった訴訟費用を、原告が負担しなければならなくなる可能性があるということです。
補足:裁判官の関与
Part 36 Offerでは、申出の内容と実際の判決の差異が重要になります。もし、裁判官が申出の事実や内容を知ってしまったら、判決に影響が出ることは想像に難くありません。
そのため、Part 36 Offerの事実及び申出の条件は、判決が出るまで裁判官に伝えてはいけないとされています(*3)。
おわりに
Part 36 Offerがリーガルギャンブルであると評されることについて、しっくり来ましたか?
日本の訴訟手続においても、相手方からの和解提案や裁判所からの和解案の提示があり、代理人としてそれが合理的であると考える場合、判決に至った場合のリスク(遅延損害金の増加や時間の浪費等)をお伝えして依頼者を説得することがあります。
しかし、イギリスの民事訴訟では、Part 36 Offerを蹴った後に間違った方向に事件が転んだときのリスクがハンパないです。それだけ、Part 36 Offerをめぐる当事者間の攻防はスリリングでしょうし、訴訟弁護士の経験とスキルが発揮されそうですね。
なお、Part 36 Offerについては、オファーの形式や時期など、様々な論点があります。ここでは、多くの点を割愛し、エッセンスだけをお伝えしている点、ご了承ください。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
このエントリーがどなたかの参考になれば、幸いです。
【注釈】
*1 Civil Procedure Rules。日本でいう民事訴訟規則に相当するものです。
*2 この記事を書くに当たり、改めて該当の判例探してみましたが、見つかりません。判例の名前を聞いておけばよかったです、、。ただ、とあるイギリスの統計によれば、訴訟費用が請求金額の5倍を超える訴訟が全体1%を占めるそうです。そうなると、認容額の10倍の訴訟費用と言うのも、あながちあり得ない話ではないように思います。
*3 CPR 36.16(2)
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