【2018年連載】小池都政2年~1期目前半を振り返る【無料公開】
この記事は、小池都政1期目前半を振り返ったもので、2018年7月20日号から8回にわたり連載されたシリーズをまとめたものです。対自民や劇場型政治、情報公開の徹底、突破力や発信力の高さなどは知事の政治姿勢を表すキーワードですが、これらを切り口に小池都政を検証しています。
(1)調整不足~政局重視で改革空振り〈2018年7月20日号〉
都幹部は耳を疑った。昨年6月20日、小池知事が市場移転に関する緊急会見の開催を報道番組で知ったからだ。当然、一部の幹部を除けば、会見の内容も伝えられていなかった。この会見では、「築地は守る、豊洲は生かす」という基本方針が示され、移転推進派と反対派双方の批判を抑える内容だった。また、知事が側近とともに固めた基本方針には「豊洲は物流センター」などとすることが盛り込まれ、都庁内では「豊洲は終わった」とショックが広がった。
この会見がセッティングされたのは前回都議選の告示3日前。都議選で知事が率いる都民ファーストの会を勝利に導くため、職員と論議を重ねず、政局にらみで動いていたことを示す。
歴代の知事も職員と調整せずに意思決定するケースはあったが、特に知事選出馬時から都議会自民党を「敵」と見なして支持を集めるなど「政局重視」の小池都政では際立っており、豊洲市場の開場延期や、海の森水上競技場を始めとした五輪競技会場の見直しなどでも見受けられた。都幹部は「何か改善する狙いがあるわけではなく、ちゃぶ台返しをすること自体が目的だった。ろくに検討をせずに見直しありきの姿勢だ」と分析する。
着地点を見定めずに調整不足のまま「改革」に取り組む姿勢は庁内にとどまらない。五輪の3競技会場の見直しのうち、知事は2016年10月、ボート・カヌー会場として宮城県登米市の長沼ボート場を候補に挙げた。知事は東京大改革を選挙公約に掲げてその実現を目指したが、最終的にボート・カヌー会場は計画通り、海の森水上競技場に戻っただけだ。
記者会見で「大山鳴動してネズミ一匹」と指摘された知事は、3会場の見直しで計400億円のコストを削減したと強調したが、都職員の一人は「地元や組織委員会と調整せずに知事と側近で決めて迷走した揚げ句、関係者の期待を裏切った。その失望はコストでは計れないほど大きく、東京大改革の実験だったと思う。その後始末は職員にさせるのは無責任体質だ」と冷ややかだ。自民党幹部も「いろんな意見や要望がある場合は、きちんと調整して意思決定するのが民主主義。根回しをせずに好き勝手やるのは独裁だ」と批判した。
発破かけられ前進も
ただ、小池知事の調整不足の姿勢は、一方で施策のスピード重視と表裏一体の関係にあることも確かだ。知事は都立公園大改革や結婚支援など8大プロジェクトを進めるに当たり、各局の次長や理事に政策企画局の戦略政策担当理事の辞令交付を行った際、「ダッシュが大事」などと指示した。
この8大プロジェクトでは、来年度予算編成に向けて、具体的に進んでいる取り組みもあるという。都幹部は「知事は移り気というか、『機を見るに敏』というべきか分からないが、関心がなくなる前に検討を終わらせないといけない」と躍起だ。
同プロジェクトの一つである国際金融都市・東京の実現では、昨年11月に国際金融都市構想を策定。その翌月にはロンドンの金融街「シティ」と都が金融教育などで連携を深めるための覚書を締結し、今年7月に首都大学東京とロンドン大学シティ校が相互協力する覚書を交わした。
都幹部は「知事の発破は職員にとってプレッシャーだったが、国際金融では矢継ぎ早に結果を出している」と語った。別の幹部職員は「都市間競争を考えればスピードは必要な要素」と前向きだが、知事からスピードを求められるあまり、職員が重圧に耐えられるか気がかりだと漏らす。
都庁内では、スピード重視は知事の焦りに映るとの指摘がある。昨年10月の衆院選で、知事は排除発言などで求心力を失い、支持率急落を招いた。
ある職員は「早く結果を出して失地回復しようとしているのだろう。小池都政の1期目の後半は職員の尻をたたき続けるはずだ」と予想する。
(2)情報公開~職員に徹底自身は非開示〈2018年7月24日号〉
「情報公開は肝になる。黒塗りが多くて海苔弁当のようなものが出て、審議会の一部も非公開となっている」。小池知事が就任後間もなくの2016年9月1日、都政改革本部の初会合で小池知事はこれまでの都政を問題視し、情報公開の徹底を指示した。
効果はすぐに現れた。同本部は9月29日、2回目の会合で公文書の原則開示を直ちに実施するよう言及した。ある都幹部は「小池都政になり、都職員の情報公開のブレーキが外れた」と振り返る。
いわゆる「黒塗り」が多かったのは、職員の非開示理由の解釈による。同本部は「都政の混乱や特定者の不利益」「事務事業への支障」などにつながる恐れという非開示規定を援用する場合が多いと指摘。同幹部も「これらの規定は使いやすかった」と明かし、「小池都政によって情報公開が何歩も進んだのは事実だ」と述べる。
背景には、知事が都議会自民党を通じた都政の意思決定過程を「ブラックボックス」と断じたことや、豊洲新市場の盛り土問題が明るみになるなど、情報公開を求める都民や世論の強烈な追い風があった。盛り土問題の渦中にあった都中央卸売市場も同本部の決定以降、文書の「原則開示」にかじを切った。
「二枚舌」批判
だが一方、情報公開の徹底は知事にとって諸刃の剣となる。言わずもがな知事が都政の意思決定の最終権限者だからだ。だからこそ、知事の「AI(人工知能)発言」に批判が集中した。
17年8月、知事は同6月に突如公表した市場移転の基本方針について、「財源など検討の記録が残っていない」と会見で問われ、「AIだから。最後の決定は文章として残していない。一言で言えば政策判断」と述べた。
この発言は知事の「二枚舌」を象徴する。職員には情報公開の徹底を求める一方、当時の特別顧問ら知事周辺の意思決定過程は「職員も全く見えなかった」との声が絶えない。更には、公開前の情報が知事周辺からマスコミに漏れる事態が相次いだ。
二枚舌は議会に対しても及んだ。自民党が主張した「やらせ質問」と、共産党が追及した「岸記念体育会館」(岸記念)問題だ。
自民は今年3月、昨年9月の都議会経済・港湾委員会での都民ファーストの会・樋口高顕氏の質問を都特別顧問(当時)だった小島敏郎氏が作成した疑いがあるなどとして、樋口氏が中央卸売市場に送信したメール・文書などを2度にわたり開示請求した。しかし、回答は不存在と全部非開示。検討過程の文書で議会との信頼関係を損なうなどが理由だった。
他方、岸記念は判断が違った。共産は従前から同会館の移転に自民党議員が介在していると問題視していたが、今年1月に開示請求した一連の資料が続々と開示された。共産関係者によると、開示期限ぎりぎりの回答が通例だが、今回は1定の代表質問に間に合うような日程で開示されたという。この問題を巡っては、知事側近が特定文書を共産にリークしたともささやかれる。知事は2定で岸記念問題に「法令違反やその疑いは認められない」とお茶を濁したが、情報公開のチグハグ感が際立つ。
都は昨年7月、公文書管理条例を施行。「公文書の適正な管理が情報公開の基盤」と謳ったが、文書作成の対象は職員に限っている。通常の枠組みとも言えるが、「高度な政治的判断」を理由に知事の意思決定のブラックボックス化が深まれば、職員ばかりでなく都民の信も離れていく。
(3)小池劇場~支持集めた勧善懲悪〈2018年7月27日号〉
都庁会見室が記者やカメラマンでほぼ埋め尽くされていた。2016年9月10日の緊急会見で、無数のフラッシュを浴びた小池知事が明らかにしたのは、豊洲市場の盛り土問題だ。実はこの直前に共産党が会見を開くというプレスリリースを出していた。内容は伏せられていたが、同9日夜に盛り土問題を取り上げることを把握した職員から報告を受けた知事が強行した形だ。都幹部は「市場移転延期を打ち出した知事にとっては棚ぼたとなり、おいしいネタだったはず」と分析する。
この盛り土問題も都政が「小池劇場化」した一例だ。いつ、誰が、盛り土しないことを決めたのか、「犯人捜し」を始めた知事は「都政の闇」に切り込むヒロインを演じ、都幹部らの処分に至る「勧善懲悪」が展開され、連日のようにワイドショーなどで取り上げられた。マスコミや世論から一定の支持を得たのは小池知事だった。
一方、この劇場化に厳しい受け止めをしたのは都庁内だ。都がまとめた報告書では、盛り土の責任者が8人に上り、左遷された幹部もいた。都幹部は「不正もしていないのに、詰め腹の切らされ方がひどすぎる。自己顕示のためなら手段を選ばないのが小池劇場だ」と批判した。
さらに、第二幕では豊洲移転を決めた石原元知事に矛先を向けた。石原氏に盛り土などに関する質問状を送り、就任前から係争中だった石原氏を相手取った豊洲の住民訴訟で、都の方針を見直す意向を示し、敵意をあらわにした。職員の一人は「まだ判決は出ていないので、この後始末は知事がすべきだ」と突き放した。
大いに盛り上がった小池劇場だったが、結局、盛り土がなくても主要施設の構造部分に問題はなく、新たな工事も発生せずに収束した。都庁内では「本当に時間の無駄だった。今、振り返ると、都政を混乱させた小池知事自身が本当の悪者だったのではないか」と憤りの声が上がっている。
石原型望む声も
小池劇場の転機は昨年10月の衆院選だ。知事自らが新党を旗揚げし、安倍政権を敵視して挑んだが、自身の「排除発言」などが尾を引き、惨敗に終わった。知事は「都政に専念する」と繰り返すようになり、劇場も幕を閉じた。
だが、庁内では早くも次の小池劇場が幕を開けたとの声もある。それが受動喫煙防止条例案だ。従業員がいる店舗は屋内禁煙となり、国の法案よりも厳しい内容に定め、飲食業の団体は「売り上げが落ちる」などと猛反発。都庁内では「最後までこの規定を緩めなかったのは、反対する団体を抵抗勢力とみなし、世論の支持を得たかったのだろう。小池劇場は完全に終わっていないのではないか」との見方がある。
劇場型政治は、突破力がなければ実現しない。都幹部は「これまでの小池都政は何かを練り上げるというよりも壊すことに重点が置かれていた。受動喫煙防止条例の制定は数少ない知事の功績になるかもしれない」と語った。今後は実効性を高めるため、従業員の確認を行う保健所設置区市と折り合いをつけることが課題となる。
残る任期で小池劇場が再演されるかは不透明だ。都幹部は「職員などを敵に回す形での劇場型政治は望まない」とした上で、「石原元知事のように業界団体と調整してディーゼル車の規制などを行い、都民の支持を得た劇場型であれば問題はない」と強調した。
劇場型都政と批判される小池知事のパフォーマンスだが、単なるワイドショーネタではなく、都政を前に進める手段にできるかが問われている。
(4)対議会~意思決定公明が左右〈2018年7月31日号〉
「被害はいまだ拡大とのこと。改めてお悔やみとお見舞いを申し上げます」。小池知事は15日、西日本豪雨災害にツイッターでコメントし、こう続けた。「都議会公明党から被災者への住宅提供など、都民ファーストの会からも迅速な対応要請を受けました」。このツイートには、両会派幹部が知事に要望書を手渡す写真が貼られている。
両会派が要望したのは13日。同日には自民党、他の日には共産党と立憲民主党・民主クラブ(民主)も同様の要望を実施した。この3会派は都総務局や特別秘書を窓口にしたこともあるが、知事が公式ツイートで限定的な会派要望を投稿するのは、二元代表制を採用する自治体にとって公平性の欠如につながりかねない。知事就任以降、対立関係にある自民の都議は「自民の話は聞かないという表れだ」と非難した。
小池都政で存在感を一層強めたのが公明だ。小池知事は反自民を鮮明に打ち出したのを一因に脚光を浴びたが、知事周辺は知事選後、真っ先に公明との調整に着手した。当時の第1会派は自民で、何としても第2会派の公明を取り込む必要があった。そして昨年の都議選で自民が「下野」。知事と公明の距離感は決定的に縮まる。
知事は当初予算で公明に最大限配慮。2017年度には、一定収入以下の世帯の私立高校授業料無償化をのみ、18年度も数多の予算付けを実施した。ある公明幹部は「知事は公明の政策を理解している。今後の予算などで同様の対応だったら、知事選や都議選も知事側を応援するだろう」と語る。
「都政の重要案件の大半は行政と公明で話をつけている」。都幹部からはこんな声が漏れる。
公明は都議選以降、予算だけでなく特別顧問や入札制度改革、局長公用車の廃止など、重要案件を軌道修正させた。他の公明幹部は「変なことをやったら修正させる。今後も是々非々の姿勢で臨む」と話す。
この「是々非々」を強調したのが17年衆院選だった。知事が国政に手を出し、公明は3度にわたって都政への専念を迫った。東村邦浩幹事長が怒りをあらわにし、「事実上の与党離脱」と報道されたが、都議会筋によると衆院選後、知事側は「何とか任期を全うさせてもらいたい」というシグナルを公明に送った。
知事が「ブラックボックス」などと問題視したのは、自民の一部都議が都政の意思決定を左右する実態だったが、姿は変質。名実ともに「知事与党」の都民ファの数の力を背景に、公明の意向を全面に取り入れて都政を運営する形になった。
「野党」にも差
「ただただ、むなしい」。ある自民都議はこう吐露し、「いくら正論を吐いても数の力で通らない」と都政の現況を嘆く。
知事選に加え、都議選での大敗、知事による衆院選での反自民などが重なり、自民の知事への態度が和らぐことは想定しにくい。3年間未実施となる自民都連を通じた国予算への都の要望活動も、都議会自民が主体的に突っぱねた。他の自民都議は「謝罪しろとまでは言わないが、『反自民だったが政権与党の自民の協力が必要』と要望を再開したい本当の理由を言うべきだ」と指摘する。
自民は18年度一般会計予算案に美濃部都政以来41年ぶりに反対。共産も反対したが、知事は自民に「大義は理解できかねる」などと即座に矛先を向けた。
一方、民主の都議は「自民時代と違い、少数会派の提案も野田数特別秘書を通じて直前で前進答弁に変わることがある」と明かす。共産を含めた「知事野党」の意向が一定、反映されやすいのも小池都政の特徴だが、自民関係者は「特別秘書の姿を自民控室で見たことがない」と話す。「知事野党」内にも小池都政との距離に差が生じている。
昨年の都議選で、都政は事実上の知事政党が第1会派を形成する異例の状況になった。次の知事選や都議選次第では、都政の意思決定過程が再び大きく変わる可能性があるが、少なくとも当面は現在の「知事与党」体制で都政は回っていくことになる。
(5)ピンポイント~政策散発振り回される職員〈2018年8月3日号〉
「日本の森林を元気づけるため、安全性、景観のためにも国産材を使った塀を推奨できるようにしていく」。大阪北部地震のブロック塀による死亡事故を受け、小池知事は7月6日の会見で突如こう提案した。「木材塀」の普及で需要を作り、衰退傾向にある林業の活性化を狙う大胆な政策案だ。
背景には国による偏在是正措置も見え隠れする。税制基準を変えて都税を地方に配分する動きは、知事が昨秋の衆院選で政権与党の自民党にたてついた影響なども重なり加速。全国の自治体は地方創生で国との関係性を強め、東京が孤立傾向の中、国の動きを修正させるのは至難の業だ。
木材塀はこうした状況への妙案になる。現に知事は7月26日の全国知事会議で同政策を提案。木材生産県などの賛同を得て、知事会での検討会設置という結果を得た。
「ピンポイントで成果を取りに行く姿勢は、石原知事に似ている」。都幹部の一人は小池都政の印象をこう言い表す。
失策を含めて石原知事の代表政策には、ディーゼル車規制や東京マラソン、新銀行東京などがある。これらは都政全体ではなく、ピンポイントに標的を定めて政策を立案・遂行し、一点突破・全面展開する手法だ。
同幹部は石原知事がピンポイントに政策を進めた要因を「都政そのものに関心がないからだ」と言い切った上で、「小池知事も関心がないのは同じ。更に石原知事以上に自分をどう良く見せるのかに関心がある」と見る。
一方、「世論受け」も小池知事と石原氏との共通点だ。石原氏は「三国人」発言など失言を散発したが、知事選当選数は4回を数える。この不動の人気を支えた一因は、世論受けの裏付けでもある一種のカリスマ性にある。
この世論受けやカリスマ性は小池知事も持ち合わせている。更に小池知事はTVキャスター出身のためマスコミの習性を熟知。世論受けを見込んだ政策をセンセーショナルに発信し、世論の流れを形成してきた。市場移転や五輪会場の見直しなど、この手法を用いた政策は実に多い。
だが、経緯を無視した政策は、時に再修正や目標の未達を伴った。それに巻き込まれたのが都の職員だ。
合成の誤謬
昨年7月。知事は人気絶頂だった芸人のピコ太郎氏と都庁でおどけていた。省エネ促進策で白熱電球2個以上とLED電球1個を交換する事業のオープニングイベントの際だ。交換実績の目標は、1年間で100万個。ところが実績は低迷し、今年6月中旬現在で約28万個にとどまっている。
都環境局は「30万人近い都民が参加し、一定の家庭の省エネ効果はあった」(担当者)と話すが、運用途中に地域産業振興の観点で除外していた大型家電店にも対象を拡大。一歩でも目標に近づかせるため、なりふり構わず軌道修正を行った。加えて8月15日からは白熱電球1個に交換条件を引き下げるなど再度微修正した。
知事が箱根駅伝を見てひらめいたと言われる電動バイク支援策、廃止決定後に職員が業者の根回しに奔走する工業用水道事業など、類似の政策は枚挙にいとまがない。石原知事は都政への関心が乏しいゆえ、都職員の自由がある程度きいたが、小池都政下では相次ぐピンポイント政策に職員が振り回される。
ミクロの積み重ねでマクロの最適解は生まれない─。経済学には「合成の誤謬」と呼ばれる理論がある。一方で「神は細部に宿る」とのことわざもあるが、小池知事は都政全体を見渡した最適解を導き出すことができるのか。次の知事選を逆算すれば、そろそろ「全面展開」での成果が求められる時期に入った。
(6)ワイズスペンディング~足元見られ膨らむ経費〈2018年8月10日号〉
市場関係者は信じられない光景を目の当たりにした。5月30日の神奈川県内のホテルの会議室で、小池知事が謝罪しているのだ。しかも1回ではなく、3回もだ。謝罪した相手は、豊洲市場に計画中の千客万来施設(千客)の運営事業者「万葉倶楽部」の高橋弘会長だった。
万葉倶楽部は、都が築地市場跡地に整備するという食のテーマパーク方針に反発し、事業撤退も視野に入れていたが、この日のトップ会談で知事の謝罪を受け入れ、事業推進にかじを切った。会長は東京五輪後に千客を着工し、それまでは都が中心で仮設のにぎわい施設を整備するよう提案したが、官房系の幹部は「都が中心にお金を出せという意味なのか」と疑問を呈した。
万葉倶楽部との協定再締結は「高い買い物になる」との指摘が出ている。仮設施設の整備費に加え、万葉倶楽部が千客の最寄り駅から施設まで雨に濡れないための対策など十数億円に上る取り組みを求めた。都庁内からは「こうした要求をのみ、仮設施設に多額の整備費をつぎ込んだら、議会からたたかれる。コストだけを見たら、事業者を公募し直した方が良かったかもしれない」との見方もある。
さらに、都は万葉倶楽部との協議打ち切りを検討していた段階で、5月末に江東区と地下鉄8号線の事業スキームの構築などを話し合う予定だったが、その前提が崩れた。それでも区は事業スキームを白紙撤回せず、最終的に都は今年度中にスキームを構築する考えを示した。
都は万葉倶楽部や江東区から足元を見られ、それぞれの提案を受け入れざるを得ない状況となっている。加えて、市場移転延期に伴い、市場業者への補償や豊洲と築地のランニングコストの二重計上など経費がかさみ、都幹部は「舛添前知事は政治資金の公私混同問題で批判されたが、小池知事は桁違いの無駄遣いをしている」と指摘する。
知事が掲げる「ワイズスペンディング」(賢い支出)ではなく、「ワイドスペンディング」(支出拡大)となっている状況だ。庁内からは「後先のことを考えないからコストが膨らむ。知事の責任は大きい」と批判の声が上がっている。
評価の質向上を
一方、予算編成では無駄の排除を徹底し、ワイズスペンディングを継続している。全事業に終期を設け、見直しや再構築を図るのが狙いだ。2018年度予算では1086事業を評価し、うち676件で事業の見直しや再構築を行い、約870億円の削減となった。舛添都政の16年度と比べ、削減額が3倍弱に増えたのは、トップの考え方が反映されていると言える。
都庁内では「事業に終期を設けたことは悪くない。見直しを図るチャンスとなり、一定の緊張感が生まれるのは良い」「都の施策の新陳代謝が促進された」と評価する声が上がる。
小池都政は事業評価を強化している。今年度予算から施設や資産など他県のコストと比較して妥当性を検証する「エビデンス・ベース」を、また来年度の予算編成では経費と社会的便益を比べる「コスト・ベネフィット分析」を導入。財務局は「これまで一つの事業を評価する際は過去の取り組みや決算を基に検証してきたが、他県の類似事例などと比べることで検証が多角的になり、改善する視点が増える」と説明する。
だが、さらに事業の見直しなどを進めるには知事の姿勢が問われているとの指摘もある。事業局の幹部は「知事がパフォーマンスで行革を標榜しているだけなら、見せかけの行革にすぎない。それに付き合う気はない」と突き放す。中には時限で事業を推進し、延長すればいいと主張する職員もいることから、知事は職員に改革マインドを植え付けられるかが問われている。
(7)逆算~知事選へ布石も職員冷ややか〈2018年8月17日号〉
政治家は逆算するのが宿命なのか─。小池知事は昨秋の衆院選を前に結党した希望の党の党名を半年以上前の昨年2月に商標登録に出願していた。実際に設立したのは同9月25日。その翌日、第3回定例都議会の代表質問後、知事は報道陣にこう語っている。
「まず希望の塾を立ち上げて、同時に誰かに取られるよりはと思って先に登録しておいた」
だが、衆院選の結果は周知の通り惨敗に終わり、同党は今年5月にいったん、解散の運命となった。
惨敗の引き金となったと言われる「排除発言」以降、知事は安全運転にかじを切ったという声が高まった。発言への慎重さが増し、毎週金曜の定例会見の質疑では、極力知った顔の記者を選んで指名する姿勢が強まった。都議会第1会派の都民ファーストの会幹部も「都庁内にはいろいろと調査の指示など出しているが、対外的にはやたらと発信しなくなった」と述懐する。
しかし、衆院選を機に急落した支持率が回復の兆しを見せるのと歩調を合わせるように、知事は都内のイベントに数多く顔を見せ始める。
「政治家の性質でもあるが、おとなしくして失点を減らすよりも、得点を取ったほうが良い。知事がじっと様子を見ているという見方は間違っている」。ある都議は衆院選後の知事をこう見る。その上で、「次の知事選を逆算する時期に入ってきた。その布石を打っているように見える。小池知事は政治家として眉毛の動き一つを捉える勘を持っている」と話す。
布石の一つが7月20日の会見で発表した「東京ベイエリアビジョン(仮称)」だ。昨年9月に都都市整備局が2040年代の東京の都市像や基本方策などを示した「都市づくりのグランドデザイン」の臨海部版の位置付けで、東京五輪・パラリンピックを開催する2020年以降の具体的な成長モデルの提示を視野に入れる。今月2日には庁内の検討会を初開催し、若手有識者や都職員らで構成するワーキンググループで議論を重ね、来年末にビジョンを策定する方針だ。
ところが、庁内からは冷ややかな声が漏れる。同ビジョンは港湾局などの下からの積み上げでなく、知事からのトップダウンで検討に入ったからだ。
ある都幹部は「ビジョンの話は寝耳に水。臨海部は個々に問題を抱え、理想と現実にギャップがあるが、40年代に目標を設定したことで、利害関係者が誰も痛まない。ある意味、目くらましとも言える。ビジョンの公表は知事選まで1年を切った来年末で、次の任期を見据えてできる限りの弾を打ち込みたいのだろう」と話す。
「旧顧問」見え隠れ
市場移転や五輪会場見直しの迷走、国政進出の表明などから、知事には「都政への理念がない」との批判がつきまとう。同幹部は「知事はこうした批判を気にしているのではないか。受動喫煙防止条例は大きな成果だったが、同ビジョンなど個別の政策を打ち出し、確固たる方針を示したいのだろう」と勘繰る。
だからこそ庁内には「職員へのプレッシャーが高まっていく」との懸念の声も聞こえるが、「確固たる方針」を示すには職員との信頼関係の構築が必定となる。経緯を無視した思い付きのアイデアでは、現実的な骨太の方針とはなり得ないからだ。
ここで退任したはずの特別顧問の存在がいまだ浮き上がる。知事への直接の影響がささやかれる学習院大学教授の鈴木亘氏やビジネス・ブレークスルー大学副学長の宇田左近氏らだ。鈴木氏は現に副座長を務める都の超高齢社会に関する7月の有識者会合で、「知事は将来手を付ける話ではなく、今できることはやりたいということで、来年度の予算になるような話は具体的な話をしたいという強いご意向がある」などと知事との直接の関係をにおわせる発言をしている。
特別顧問など都政の文脈を無視したアイデアに飛びつく傾向が変わらなければ、「確固たる方針」などかなわない。都職員を知事自身のベクトルに向かせるには、まだ時間がかかりそうだ。
(8)信賞必罰~左遷人事で士気低下〈2018年8月21日号〉
「懲戒処分などのしかるべき対応を取っていく」。2016年10月の3定の一般質問で、小池知事は豊洲市場の盛り土問題を巡り、退職者も含めた市場長らを処分すると明言した。実は知事の答弁書には当初、「懲戒処分など」の文言が記載されていなかったが、当時の小島敏郎特別顧問が独断で加筆したとされる。結果、元市場長ら18人が懲戒処分となり、都庁内からは「見せしめだ」と戦々恐々とする声が上がった。
これに先立ち、事実上の「粛清」と受け止められた市場長ら幹部3人の左遷人事も同月に行われた。小島氏は都幹部を前に、市場長らが盛り土問題の責任を取る必要があるとの考えを示し、左遷後は事実上の閑職となった。
官房系の幹部は「たまたまそのポストに就任していた幹部が詰め腹を切らされるのは宿命かもしれないが、こうした人事が小池都政で続けば、幹部の成り手が減るかもしれない」と不安がる。
さらに、今年の春期幹部異動では、条例局長が理事に降格する人事も行われた。庁内では、「知事が私情を交えたのか」「自民党との近い関係が災いしたのか」などの見方とともに、副知事が防波堤にならなかったことへの批判が噴出した。
ある事業局の幹部は「なぜ、(当時の)副知事は体を張って、この人事を止めなかったのか憤りを覚える。あからさまな降格人事を見せ付けられると、モチベーションが下がる」と不快感をあらわにした。
ひとたび人事の秩序が崩れると、なかなか元に戻すことは難しい。豊洲市場に計画中の千客万来施設の運営事業者たちが見た小池知事の3度の謝罪は、事業者への配慮が足りなかったことへの対応だったが、庁内からは幹部人事でも配慮を求める声もある。
進む女性登用
一方で、知事は今春の幹部異動で女性の登用を進め、本庁部長級以上の女性幹部が46人から54人に増えた。知事はこれらの女性幹部を一堂に集め、「より都民に寄り添った生活者の目線が生かされ、より質の高い都政につながっていく」と女性登用の意義を強調した。
また、今春の幹部異動ではICTや結婚支援など8大プロジェクトを担う政策企画局次長や理事のポストを新設したが、兼務した理事5人のうち女性が3人を占めた。都幹部は「男性だけでなく、女性の局長級がいろいろとアイデアを出しており、知事の受けは良い」と評価する。
さらに、受動喫煙防止条例の成立などに貢献した梶原洋氏が福祉保健局長から政策企画局長に異動となるなど、信賞必罰が小池知事の基本的姿勢と言える。だが、今春の幹部異動では短期異動などが目立ち、事業局の職員は「最低2年間は経験を積ませるべきだが、これでは知事が思い付きで人事をやっているように見えてしまう」と指摘した。
たとえ、「思いつき」であっても、組織運営上、職員のモチベーションが上がれば、成功になるとの見方もある。歴代の知事で小池知事は人事への関心が最も高いと言われ、内示直前で人事を差し替えるケースもあった。それが職員や組織にどのような影響を与えるのか立ち止まって考える必要がある。職員や組織を生かすも殺すも人事次第だ。
上記の記事は小池都政1期目の折り返しで振り返った連載です。小池都政1期目4年間の総括は、以下のマガジンからご覧ください。