81 二番煎じ
とある怖いことがあった次の日、男は件の駅に降り立った。
怖いことの真似をしようと思ったわけではなかったが、どういう巡り合わせか、その出来事に使われたのと同じ物を鞄の中に持っていた。刃渡り17センチのサバイバルナイフが二本。
同じことをやるよう期待されているのだと思った。辺りを見回すと、人々は一様に怖いことをされたがっているようだった。唐突に、誰もが一度くらいは心底からの恐怖を体験したがっているのだとひらめいた。男は鞄から刃物を取り出すと、ニュースで何度も見て覚えた恐ろしい手順をなぞることにした。
一番近くにいた若い男に狙いを定めて一歩を踏み出したそのとき、ふいに周囲の人々がぴたりと足を止めた。その場の全員が顔だけをこちらに向けて、無表情に男を見てくるのだった。まるで時が止まったかのようだった。
人々が何か囁くように口元だけをわずかに動かした。やがて、一つひとつの小さな囁きが重なり合い、男の耳に言葉となって届いた。それは、二番煎じと言っていた。二番煎じ、二番煎じ、二番煎じ。
違う。自分には自分のやむにやまれぬ動機がある。やっていることは似ていても、根本の部分が異なるのだ。男はそう否定しようとしたが、喉が締めつけられて声が出なかった。
二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ二番煎じ。
男の頭の中で囁き声がいつまでもこだました。
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