『定本 アニメーションのギャグ世界』を読んで
『定本 アニメーションのギャグ世界』森卓也著
とりあえずビックリしたのが、バッグス・バニーなんかが登場するワーナーの漫画映画というものが、MGMのトムとジェリーのシリーズと同時代のものだったということ。そして、ワーナーのものが、そもそも劇場公開用に作られたものだということ。
私が中学生の頃、テレ東でルーニーテューンズを放映してました。正確なタイトルは覚えてませんが、バッグス・バニーとか猫のシルベスターと小鳥のトィーティーとか、ロードランナーとコヨーテとか、三本立ての30分番組だったと記憶してます。
wikiによると「1989年10月4日から1992年3月25日にかけて『バッグス・バニーのぶっちぎりステージ』という番組名でテレビ東京でも放送され人気を博した」だそうです。そんなタイトルでしたかね。してみると、私が小学生から中学生にかけてのことだったようです。
当時テレビで見ていたせいもあり、このシリーズはテレビ用に作られたものと思ってしまってたんですね。多分、トムとジェリーのことは以前から知っていて、後発の亜流シリーズなんだろう、とかそんな風に思い込んでいたようです。
今見ると、絵のタッチなんかからしても多少幅があるとはいえおよそ同時代のものだとは分かるわけですが、思い込みというのは正す機会がないと恐ろしくもずっとそう思ったままなんですな。今回その辺が色々正されてよかったです。(とはいっても正確な知識がそっくり頭に入ったのかと言ったら、当然そんなうまい具合にはいかないわけですが)
ちなみに、MGMとワーナーで会社が違うということもはっきり分かっていたわけではありません。会社ごとにカラーが違ったり、人気シリーズがあったりというのは、昔の日本映画と同じで、考えてみればそれも当然のことですね(今はどうかって、今のことは知りません)。
元来、あちらの国では本編の前に添え物として漫画映画を上映するという形態が一般的だったようです。「ニュース、漫画、予告編、本編」というのが定番プログラムだったとか。短編漫画のことをよく「セブン・ミニッツ・カートゥーン」と言いますが(この本の中では使われてないので、わりと最近できた言葉か?あんま浸透してない?)、いずれもそれくらい(7分前後)の尺です。
そういうプログラムなので、漫画の新作も作らなければいけないため、大手映画会社では漫画映画の専用スタジオを併設していたとか。そうして、MGMのトムとジェリー、ワーナーのバッグス・バニー、ユニヴァーサルのウッディ・ウッドペッカー、そしてもちろんディズニーのミッキーマウス、などなどが作られたと。そういうことのようです。
30年代はディズニーの独走状態だったところへ、40年代に入ると他社にもヒットシリーズや個性的な演出家などが登場し、しのぎを削り合っていたようです。
ところが、テレビが普及した50年代末頃になってくると、漫画映画界はもろに影響を受ける。漫画の需要はテレビに移ってしまい、予算は削られどこのスタジオも経営難に、やがては閉鎖を余儀なくされていったようです。つまり、漫画映画の新作は作られなくなったと。
造詣の深い人からすればあまりにも基本中の基本でしょうが、私はそんなことも知りませんでした。何となく知ってる部分もあった気はしますが、断片と断片をつなぎ合わせて考えたこともなく、体系的には分かってなかった。「そうだったんだぁ」とか「そうだったのか!」と、頷いたり驚いたりすることの連続です。
例えば、ウォルト・ディズニーっているじゃないですか。この人のことを改めて考えてみたこともなかったんですが、ちゃんと演出もやってるんですよね。ディズニーの漫画映画の演出(監督)ですよ。もとはアニメーター。ディズニー社の創業者にして総合プロデューサー的な立場の人だったんだろうなとは漠然と思ってましたが、どちらかというと実業家のイメージでいました。ただ「ディズニーランドを作った人」じゃなかったんですね(あ、でも、アニメーター出身というのは聞いたことあったかも)。
それから前にちょっと触れたチャック・ジョーンズ。私の中では、この人は「トムとジェリーのつまらない回を演出した人」という認識でいました。ところがどっこい、MGMの「トムとジェリー」の黄金時代(45~52年頃)に、向こうを張ってワーナーでバッグス・バニー・シリーズやロードランナー・シリーズを手がけていたのがこの人であり、ワーナー漫画が最も溌剌としていた時期(40年代後半から50年代にかけて)を支えた看板ディレクターだったというのです。
なにしろ、ロードランナーとワイリー・コヨーテのシリーズの生みの親がこのチャック・ジョーンズだというから驚き。昔ワーナー漫画ってテレビでやってたよねという話を同級生にしたところ、「三本の中にロードランナーものが入ってなかったときはがっかりした」と言っていて、それを聞いて私もそのときのがっかり感をまざまざと思い出したということがあったんですが、ロードランナーものはそれくらい飛びぬけて面白かった。
あれの演出がこの人か!で、見る目が180度変わりましたね。「トムとジェリーのつまらない回を演出した人」なんて思ってて猛省しております。アメリカ漫画映画界においては、ハナ&バーべラと同列の巨匠と位置づけられているようですが、業績を知れば納得。
あちらの国では漫画映画から影響を受けた映画人というのも多いらしいんですが、監督ジョー・ダンテは『グレムリン』(84)と『インナースペース』(87)の二作でチャック・ジョーンズ本人をゲスト出演させているとか。
今新作が公開されて話題沸騰のスターウォーズ。この第一作(77)では、サンフランシスコ封切のとき、監督のルーカス自身が12歳のときに見たチャック・ジョーンズ演出の『惑星Xへの旅』を併映しないと上映許可してやんないからとダダこねたというのも有名な話らしいです。
「トムとジェリー」シリーズは大雑把に言うと三期に分かれる様子。第一期がハナ(演出)&バーべラ(作画)の名コンビによる誕生から黄金期を経て、スタジオ経営が苦しくなるまで。年代で言うと40年の第一作から58年まで。この後、MGMはこれだけの業績(全114作、うちアカデミー賞受賞作7作)を残した二人を電話一本で解雇したというからすごい。
第二期は、ジーン・ダイチという人が演出した60年~62年にかけての13本。これはチェコのスタジオで、いわゆる外注で制作されたものらしい。ジーン・ダイチという人はそれなりに華々しい経歴を持った人のようだけど、二期の作品はハナ&バーべラ作品を楽しんだ人たちには異様としか言いようがないものだったとか。
そして、第三期で制作を請け負ったのがチャック・ジョーンズだったと。63年から67年で34本を製作している(自身による演出は12本)。自身が所属していたワーナーのスタジオが閉鎖され、行き場を失ったところへ来た話だったようです。
我が家にもある「トムとジェリー」のDVD全10巻には、ハナ&バーベラ作品とチャック・ジョーンズ作品が、時代もバラバラに、混ぜこぜになって収録されてます。(ジーン・ダイチ演出のも入っていただろうか。それはともかく、おまけでテックス・エイブリーのドルーピーものはついてます)。
絵柄も違うのでどちらがどちらかは一目でわかるのだけど、絵のタッチやギャグの間合いや風刺度?から、チャック・ジョーンズ制作のものはなんとなくヨーロッパで作られたものなのかしらん、くらいに思ってました。しかし、チャック・ジョーンズがワーナー時代の仲間を連れてきて制作したというのが実際のところらしい。ということは純アメリカ産と言っていいんでしょう。
それにしても、残念ながら第三期の作品がパッとしないことには変わりないんですが、短編ギャグ作家としてはピークを過ぎていたということでしょうかね。また見直す機会があったら、その辺のことも考えながら見ることにします。
それで、ちょっと名前が出たテックス・エイヴリー。著者もかなりのページを割いてこの人について触れてますが、「カフカを読んだディズニー」などと言われている人です。
私の学生時代に、渋谷のユーロスペースでテックス・エイヴリーの特集上映がありました。これは通いましたね。考えてみれば、スクリーンで往年の漫画映画を見られるという滅多にない機会だったわけですね(ユーロスペース、別に大きくはないけどさ)。当時、おそらく全プログラム見たはず。はっきり記憶に残ってるものはないけれど……。
大学の知り合いに、その特集上映のチラシを興奮気味に見せたら、「君の好きそうなやつだよね」と例によって冷たい目で見られたことを未だに覚えてますよ。
大学生にもなって漫画映画なんて幼稚なものを、というところでしょうが、これは実は、十分大人の鑑賞に堪えうるものです。というか、そもそも大人が見ていたものと言っていいと思うんですよね。劇場に行けばだいたい漫画映画と本編を両方見ることになったといっても、片方が子供向けで片方が大人向けってわけじゃないはずで、そんなことするんだったら子供向けの作品だけのプログラムを組んだ方が理にかなっている。当時から大人も楽しんで見ていたはずなんです。
などと思っていたところへ、チャック・ジョーンズが素晴らしいことを言っていたのでちょっと引用。「漫画映画は、まず大人が楽しめるものであること。そうすれば子供は必ずついてくる。最近のテレビ物の作者は、そこを理解してないようだね」
まったく、子供だましの粗悪品を濫造して平然と毒ガスをばら撒いている連中に聞かせてやりたい言葉ですね。ちなみにこの人、こんなことも言ってます。
「絵はホクサイ(北斎)から、ユーモアはマーク・トゥエインから”盗”んだ。偉大な才能を盗むことこそ、その人たちへの最高の賛辞だ」
ここで「””」がついてるからって「盗む」にばかり目が行ってしまうあなたは、すっかり毒され切ってしまっている人間です。何に。低俗な文化とそれしか作り出せない社会に。普段からいいものに触れるように心がけましょう。北斎とマークトゥエインが結びついて、ロードランナーが生まれたのか!ということに興奮していただきたい。
話戻って。その特集上映、タイトルは『テックス・エイヴリー 笑いのテロリスト』で1999年のことだったようです。テックス・エイヴリーのことは、ジム・キャリーの『マスク』(94)で知ったんだったか。それともこのとき初めて知ったんだったか。覚えてないな。
この本に、著者が特集上映のパンフレットに寄せた文章が転載されていて、してみると、当時森卓也の文章を読んでいる可能性が高いのだけど、どうも初読のような気もします。電車賃とチケット代で精一杯でパンフレットまでは購入しなかったか。だけど、持ってたような気もするな……。
今回改めてへーっと思ったのは、この人がもともとワーナーに所属していて(36年~41年)、バッグス・バニーの第一作(40)はテックス・エイヴリーの演出だということ。その後MGMに移り42年から54年まで在籍。DVD版「トムとジェリー」に併録されているドルーピーものなんかもその時代に作られたもの。ここで花開き、数々の傑作をものにしながらも、実際には「トムとジェリー」の人気がすさまじく、当時は日陰の存在だったということ。あとから評価が高まったタイプらしい。
もともと韜晦趣味の持ち主で、どこか人間嫌いの毛もあるのか、プロフィール写真になんと透明人間のスチールを使っていたとか(しかも丁寧なことに裏焼きにして)。評価が高まって以降も、メディアなどがコンタクトを取ろうとすると架空の住所や連絡先を教えたりしていたらしい。
パーティー用の鼻メガネをかけた自画像をアイコンに使ってる私なんかからすると、そういった側面にもやっぱりどうしようもなく惹かれてしまいます。
とかとかとか、キリがないですが。
先日最寄りのツタヤをのぞいて、ほとんど見たことがなかったアニメ棚(これは「子供用アニメ」の棚で、それより上の年齢の人が見るアニメの棚は別にあるのです・・・・・・)を見たら、古い漫画映画やこの本で扱っていた作品がいくつかあったので、その辺もぼちぼち見ていこうと思います。実作に当たらないと、実際に見て感じたことと結びつけないと、知識から何から自分の中に定着しないですからね。
現在『喜劇映画を発明した男 帝王マックセネット、自らを語る』(←これも名著!)を続けて読んでるわけですが、気がついてみると、漫画映画からサイレント喜劇へと、コメディの時代をさかのぼってるということになりそうです。
別にまとめの言葉はないです。
いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。