父が罵倒された日のこと
私の実家は、10年近く前に焼肉店を経営していた。
駅から離れた個人経営の店なので、近くの会社の人や
家族連れのお客さんが多かった。
私も中学生くらいから店で手伝いをしていて、
「なんで私が休日に皿洗いしてるんだよ!」とキレながらも、
楽しそうなお客さんの笑顔で溢れかえる店が好きだった。
でも、いいお客さんもいれば、困ったお客さんもいる。
こちらが何度謝っても、店員を罵倒し、怒鳴り散らし、
他のお客さんの気分を害する、そんな人たちだ。
もちろん、父も母も誠意を持って謝っているけど、
何十分、何時間と怒鳴られても、店は何も文句を言えない。
私は、両親が理不尽な理由で頭を下げている姿を何度も見てきた。
そのことを思い出すたびに、今でも胸が締め付けられるように痛む。
ある日、やはりいちゃもんをつけて怒るお客さんがいた。
母が詫びても納得がいかず、父を呼びつけた。
私は体を震わせ、調理場の柱に隠れながらその様子を眺めていた。
一方的な怒号が、槍のように父を攻撃していた。
頼むから、この時間が早く過ぎてくれ。祈るしかなかった。
しばらくすると、言いたいことを言ってスッキリしてきたのか、
お客さんは最後に捨て台詞を吐いて、店を出た。
「この朝鮮人が」。
私はなぜ、父が朝鮮人と言われたのか理解できなかった。
そして、その言葉がひどい差別を含んでいることを知らなかった。
後から知ったが、焼肉店の経営者は在日韓国・朝鮮人の方に多いらしい。
さらに、私の苗字は、在日の方がよく使っているそうだ。
(両親は韓国人?と聞かれたことがあったので、なぜそう思ったか尋ねて教えてもらった)
私の両親は東北出身で、祖父母も東北出身。
本家は別の苗字だが、曽祖父がお世話になった方の名前をいただいたことで、
この苗字を使うことになった、と聞いている。
私がそう罵られたところで事実とは違うから全く気にしていないが、
憶測と偏見だけでそんなことを言う人が平気で存在していることが恐ろしかった。
そして、まっとうに暮らす在日の方々ですら、
因縁を付けられて罵倒されているのかと思うと、とても悲しかった。
いい日本人がいれば悪い日本人がいるのは当たり前のように、
国籍に限らずいい人もいれば悪い人もいるというのは当然だけど、
それでも、声を大にして伝えたい。
生まれ育ちや環境を罵ることは、
生きていることを否定するくらい卑劣だ。
言われた側は、生涯忘れられないほどの傷を負う。
ネット上の勝手な決めつけに、何千、何万の人が傷ついているんだろう。
物理的な戦争は大反対なのに、心の攻撃は平気でできる。
私には、それが不思議でたまらない。
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